おりんの音で始まった、静かな時間 15名ほどの参加者が集まった会場。ワークショップの冒頭、長谷部さんがおもむろに取り出したのは、おりんでした。チーンという澄んだ音が会場に響いた瞬間、会場のざわめきが遠のいて、空気がすっと変わるのを感じました。「今日はワークがメインです。自分と向き合う時間にしてください」グループディスカッションはなし。発言も任意。静かに、各々がワークシートに向き合うスタイルです。そのことを聞いて、少しほっとしたのは私だけではなかったかもしれません。「墓じまい」の経験から始まった、おはかんりの活動ワークに入る前に、長谷部さんがおはかんりという活動を始めた背景について話してくれました。きっかけは、長谷部さん自身の「墓じまい」の経験。熊本県にあった父方のお墓を、お母さまがリモートで改葬の手配をしていたことを後から知ったそうです。移された先は、茨城県の合祀墓。「縁もゆかりもない土地になぜ改葬したのだろう」という小さな引っかかりが、その後の活動の原点になったと話してくれました。そこから、自分に関わりのあるお墓を調べていくうちに、わからないことが次々と出てきたといいます。自分が生まれる前に亡くなった祖母がどこに眠っているのか、父方のルーツはどこまで遡れるのか――。しかし、お父さまはすでに6年前に他界されていて、聞きたくても聞けないことが残ったままになっているそうです。「こうした "お墓にまつわるわからないことへのモヤモヤ" がたまっていた」と長谷部さんは言います。お墓ってなんだろう、手を合わせるのはなぜだろうそんなモヤモヤを抱えるなかで、長谷部さんは「そもそもお墓ってなんだろう」ということを考え始めたそうです。遺骨を収める場所という物理的な意味。「ついのすみか」「家のシンボル」といった象徴的な意味合い。そして「先祖を祀り感謝する場所」「亡くなった方とつながる場所」という心情的な面。お墓が石でできているのは、故人の尊厳を守る重厚感や、朽ちない永続性、重さでその土地に固定されるといった合理的な理由があるからということ——。次に長谷部さんが投げかけたのは、「ではなぜ、私たちは手を合わせるのか」という問いでした。スクリーンに映し出されたのは、改葬先のお墓を訪れたお母さまと娘さんの写真。娘さんにわざわざ手を合わせることの意味を教えた覚えはないのに、自然とそうしていたそうです。「世代が違っても、お墓に行くと同じことをしてしまう。きっと、日本人のDNAに刻まれているようなものがあるんじゃないかなと思った」と長谷部さんは話していました。手を合わせることの意味をさらに掘り下げるなかで、「供養」という言葉が取り上げられました。サンスクリット語に由来し、もともとは「物を捧げること」と「故人や先祖に敬意を持ってつながり続けること」を指す言葉だそうです。そのなかで紹介されたのが、曹洞宗のサイトに書かれていたという一文でした。「供養とは忘れないこと」長谷部さん自身がもっともしっくりきた定義だといいます。手を合わせることで「忘れていないよ」と伝える。そして、その行為が世代を超えて受け継がれていく――。長谷部さんの娘さんが最近こんなことを言ったそうです。「人は二度死ぬって聞いたことある? 一度目は生物としての死。二度目は、生きている人に忘れられたとき」。それもまた、「忘れないこと」が供養であるという話と重なっていて、静かに心に響きました。 それでも増え続ける墓じまい、でも大切なのは “内側の話”一方で、社会に目を向けると、お墓をめぐる環境は大きく変化しています。長谷部さんが示した改葬件数のグラフによると、墓じまいの件数は2012年から倍増し、2024年には全国で約17万6000件に。離婚件数とほぼ同じペースで墓じまいが起きている、という比較は印象的でした。メディアでも「墓じまいトラブル」「無縁墓の増加」「管理できない人が増えている」といった切り口で報じられることが増えています。核家族化、過密・過疎化、価値観の変化、お墓を継ぐ人がいない――。どれも納得できる理由ばかりではありますが、長谷部さんはこれらを「外形的な話」と位置づけています。お墓に対する自分自身の "内側の気持ち" にはなかなか目が向かない。葬送の多様化が進めば進むほど、お墓の問いは個人に帰ってくる。だからこそ、今日はお墓に向き合い、気持ちや心の整理をしてみませんか――。それが長谷部さんの提案でした。ワークシートに向き合った1時間いよいよワーク開始。ワークシートに記入する前に、再びおりんが鳴らされました。「目を閉じて、少しだけお墓に向き合ってみましょう」しばしの瞑想のあと、「今、頭に浮かんでいるのは、どんなお墓でしょうか?」と長谷部さん。私は大分にある父方のお墓のことを思い浮かべました。配られたのは3枚のワークシート(A・B・C)と、参照用のリスト3種類(お墓の価値観ワード、気持ち・感情リスト、ニーズリスト)。なお、このワークにはNVC(非暴力コミュニケーション)という対話の手法が取り入れられていて、「感情」と「ニーズ」を段階的に掘り下げながら、お墓との関係を自分の言葉にしていく構成になっています。 シートA:私と関わりのある、お墓について 最初のワークは、自分に関わりのあるお墓の情報を書き出すこと。お墓の呼び名、所在地、誰が眠っているか。ミニ家系図も添えられていて、そのお墓との関係性を確認していきます。 父方のお墓を思い浮かべながらペンを走らせます。大井家のお墓は大分市郊外の田んぼが広がる集合墓地のなかにあります。そこに眠っているのは祖父、祖母、おばです。%3Csmall%3E%E5%A4%A7%E5%88%86%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E5%A4%A7%E4%BA%95%E5%AE%B6%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%A2%93%3C%2Fsmall%3Eただ、こうして書き出してみて気づいたのは、わからないことの多さでした。自分が把握できているのはその3人のみで、他にも眠っている先祖がいるはずです。大きな墓石の横に小さなお墓がいくつもあるものの、そこに誰が眠っているのかもきちんと把握できていないということにも気づかされました。現在は、大分市内で暮らすいとこが墓守をしてくれています。ただ、立地的にも草がすぐに生える場所で管理も大変なため、以前法事で帰省した際に「墓じまいしてもいいのでは」という話も出ていました。 続いて、「お墓の価値観ワード」のリストから連想する言葉を3つ選びます。リストには「先祖・ご先祖さま」「祈り・手を合わせる」「おかえり・ご縁」「管理・維持」「帰る場所」など、さまざまな言葉が並んでいました。 私が選んだのは、「先祖・ご先祖さま」「お盆・お彼岸」「これでいいのか」。最後の「これでいいのか」は、お墓がこの先どうなっていくのかがぼんやり気になっていて、自然と手が伸びた言葉でした。シートB:記憶・感情・ニーズと向き合う次は、お墓にまつわる記憶の書き出しです。いつ、どんな場面で、何を感じたか。印象的な思い出をシートに書き留めていきます。浮かんできたのは、毎年お盆とお彼岸にお墓参りに行くのが当たり前だった子どものころの風景でした。お墓は自分が通っていた小学校がすぐそばにあったので、お盆やお彼岸以外でも近くを通りかかるたびにお参りしていたこと。夏はめちゃくちゃ虫がいて、蚊に刺されがちだったこと。祖母は母と父が結婚する前に他界していて、祖父も私が3歳くらいのときに亡くなったので、顔はうっすらとしか覚えていません。それでも「自分の先祖なんだな」という意識でお参りしていたことを思い出しました。記憶を書き出したあとは、その記憶に対して「そのときどんな気持ちだったか」を言葉にしていく感情ワークです。「感謝している」「誇らしい」「ありがたい」「励まされる」……参照リストのなかからいくつか選び、一番しっくりくるものを探します。私が選んだのは「感謝している」でした。なぜそう感じるのか。書き出してみたら、シンプルな一文になりました。「先祖がいなければ今の自分はいないから」。さらにその感情の奥にある「大切にしていること(ニーズ)」を探ります。「つながり」「守ってもらうこと」「ルーツを感じること」「故人を偲ぶこと」。一番しっくりきたのは「守ってもらうこと」でした。今、不自由なく生活できているのはご先祖さまが見守ってくれているおかげだと思うから。子どもの頃から、親にいつもそう教えてもらっていたというのも大きいかもしれません。会場はとても静かでした。日常の喧騒から切り離された空間で、参加者それぞれが自分のお墓と真摯に向き合っている。不思議と心地よい緊張感のある時間でした。シートC:お墓との関係をリ・デザインする最後のシートCでは、シートAで選んだ3つの価値観ワードをもう一度見直します。「ワークを経て、違う言葉が浮かんでいませんか?」という問いかけです。最初に選んだのは「ご先祖さま」「お盆・お彼岸」「これでいいのか」。あらためて浮かんできたのは、「感謝」「つながり・ルーツ」「守られている」でした。 最初は「これでいいのか」という気持ちも少なからずあったのに、記憶や感情を掘り下げていくうちに、感謝やつながりといった言葉が自然と出てきた。管理や状況の心配ばかりしていた自分に気づいたのは、このときでした。そして最後の問いは、「私とお墓の関係」をひと言で言うと?1時間かけて記憶や感情を掘り下げてきたからこそ、最後の一言はすんなり出てきました。「今の自分につながる場所」参加者の声に感じた「それぞれのお墓」への思いワーク終了後、長谷部さんの呼びかけに応えて、数名の参加者が感想を共有してくれました。「お墓参りがすごく好きで、困ったことや嬉しいことがあると必ず行くんです。自分から10代さかのぼると約1000人のご先祖さまがいる。その方たちが叶えたかったことや見たかった世界を、私に託してくれているんだなって思うんですよね。お墓は私にとって“無償の愛”だと思いました」「実家のお墓参りに行くと、人って土から生まれて土に還るんだなと思うんです。僕もあそこに還るんだなと。お墓は“土に還る場所”だと感じました」「価値観ワードでは最初“伝統”や“重い”を選んだけれど、感情を書き出してみたら“感謝” や“ありがとう”という気持ちが出てきた。お墓は“自分に立ち返る場所”なんだなと。感謝したりするきっかけとして非常に大切なものだと改めて思いました」同じワークに取り組んでいたはずなのに、出てくる言葉は三者三様。それなのに、どの感想を聞いても胸の奥がじんわり温かくなります。大切な人を想い、自分のルーツに触れたときに生まれる、静かであたたかい気持ち。初めて会った人たちと、その気持ちを共有できた時間は、思いがけず心に残るものでした。お墓に対する自分の思いを見つめ直せた「お墓と私の関係について考える」とは、どういうことなのだろう。参加前はそんなことを漠然と思っていました。実際にワークをやってみてわかったのは、目の前にお墓がなくても向き合えるということでした。これまで自分がどうお墓や先祖と向き合ってきたのかを振り返っていくうちに、顔もほとんど覚えていない祖父や会ったこともない祖母だけでなく、いまのわたしにつながるすべての先祖に対する感謝の気持ちが自然と湧き上がってきたのです。お墓には、管理や手続きの課題よりも手前に、自分のルーツとつながる場所としての意味がある。ワークシートを通じて、お墓に対して自分がどう思っていたのかを改めて見つめ直すことができた1時間半でした。今度大分に帰ってお墓の前で手を合わせるとき。きっと今までとは違う気持ちが湧いてくるんじゃないかと思います。