グランドピアノがきっかけで姉といざこざが発生――松本さんは基本的に一人で片づけされていたとうかがいましたが、お姉さんも片づけに来られたんですか。有給を使って、金曜と週末の3日間だけ片づけにきました。自分のモノだけ処分して、自分が必要だと思うモノは持って帰りました。姉には子どもがいるので、実家に残っていたおもちゃ類を全部持って行ってくれたのは助かりましたね。ただ、片づけの最中で、一つだけ姉とすっごくもめたことがあったんです……。――いったいどんなことでもめたんですか。原因はグランドピアノですね。実家のリビングに置いてあったんですが、私が家を建てたときに自分の家に運びました。だから、実家の片づけを始めた時点で、すでに実家にはなかったんです。このグランドピアノは、私がピアノを本格的に習うことになったときに、父親が買ってくれたものです。姉もピアノは習っていたのですが、そのグランドピアノが実家に来たときはすでに上京していたので、たまに実家に帰ったときに弾くくらいでした。ただ、すでにグランドピアノを私の家に運んでいることを姉は知らなかったんです。悪気なくそのことを話したら、カチンときたみたいで。「そもそもピアノはあんたのものなのか」とか「姉の影響を受けて妹がピアノ始めたのに」とかいろいろ言われました。たぶん、100万円くらいするグランドピアノを、私が自分のものにしたことが許せなかったんだと思います。姉に譲るとしても、姉の家に置けるスペースはないんですけどね。グランドピアノを売って、そのお金を半分渡すことも提案しましたが、余計にキレられました……。 このグランドピアノがきっかけになったのか、実家を片づけながら「妹の方がいろんなものを買い与えられた」とか、「私のモノが減っていて、自分の痕跡がほとんどない」と文句を言っていて、ずっと怒っていました。心の中にずっと抱えていた恨みみたいなものが、一気にあふれてきたのかもしれないですね。母が一晩中姉の文句を聞き続けたと、あとから聞きました。――まるで「パンドラの箱」を開けてしまったかのようですね……。まさにそのとおりです!物理的な片づけも大変だったんですけど、仲があまりよくない家族同士のコミュニケーションのきっかけが発生してしまって、個人的にはすごくメンタルに来ました。家族みんなでずっと触れないようにしてきたけど、きっと実家そのものが“いつかは開けなきゃいけないパンドラの箱”だったんですよね。もし、両親の判断能力が衰えていた段階で実家じまいすることになっていたら、私はもうどうにもならなかったなって思いましたね。そうなっていたら、姉のメンタルケアも私が全部引き受けなきゃいけかったですから。これまで生まれ育ってきた環境を振り返っても、お互いに助け合う感覚があまりない家族だと分かってはいたんです。今回も、家族みんなが「面倒くさいことは誰かに押しつけて自分は楽しよう」って思っているのが見えてしまった。両親はモノが片づけられないという面倒くささを私に押しつけて、私は姉のメンタルケアを親に押しつけちゃいましたからね。自分の実家がアーカイブ化されたことで、芽生えたさびしさ――実家の片づけが終わって、無事に引き渡しも完了した今、どんな心境ですか。実家の片づけは本当にしんどかったです。でも、ずっと頭の片隅で実家のことが気になっていたので、もう考えなくていいと思ったらすっきりしましたね。ただ、実家を引き渡して1か月ぐらい経ったころから、ちょっと寂しいなって思い始めたんです。少なくとも上京するまでの18年間住んでいたわけだし、Uターンしてからもしばらく住んでいたから、自分の人生で一番暮らした家なんですよね。特に子どもの頃の記憶は、全部あの実家に紐づいているわけです。「自分のルーツを探す場所が自分の記憶の中にしかない」って思ったら、足元がちょっとふわっとした感じがしました。今でも、車で近くを通ると、もう自分の家じゃないんだなって分かっていてもやっぱり見ちゃいます。――実家じまいを終えた今、松本さんにとって実家はどんな存在になりましたか。実家という定義自体が、もう自分の過去のパッケージに入っちゃったんだなって思いますね。これ以降の人生の中で“実家”っていう存在は、もう出てこないんですから。親が住んでいるところを実家と呼べるかというと、そうじゃないんですよね。親がマンション住まいなのも大きいかもしれない。ずっと一軒家で生まれ育ってきたので、一軒家に対する思い入れがすごく強いんですよ。私の中で実家っていうものは、完全に自分の中でアーカイブ化されてしまいましたね。――松本さんが、いま思い出す実家の思い出ってどんなことですか。家族の中で好きだったのが、犬なんですよ。ピアノとか弾いていると一緒に歌ってくれるような犬だったんです。亡くなってからずいぶん経つのに、実家に入ると犬のニオイがまだしみついていたんですよね。このニオイともう出会うことができないのかと思うと、涙が出ちゃうんです。このニオイだけは絶対忘れないようにしようと思いました。実家じまいできてよかったと思いますが、犬と一緒に暮らした実家が手放されるのはつらかったですね。あと、実家の庭に咲いていたバラの木も、うちの家に持ってきました。ずっと放置されていたのに、しぶとく生き残っていたんですよね。たぶん、別の人が住み始めたらバッサリ切られてしまうかも知れないから、この子は私のところに残しておこうと思って、根から持ってきて我が家の庭に植えました。実家じまいは“もめて当たり前”と覚悟しておいたほうがいい――今回の経験をふまえて、これから実家の片づけや実家じまいをむかえる人たちに伝えたいことはありますか。家族関係の善し悪しはさておき、実家の片づけや実家じまいはゼロの段階から家族で一緒にやった方がいいなと思いましたね。こんな大変な思いをした最大の原因は、親が勝手に実家じまいを進めたから。早めに実家じまいの計画を共有してもらっていて、少しずつ一緒に実家の片づけを進められていたら、もうちょっと楽だったろうなと思うんですよね。姉にもある程度事前に話しておけば、落ち着いて片づけできたかもしれません。たとえ家族関係が悪くても、絶対に一緒にやった方がいい。でないと、余計に仲がこじれるということを痛感しましたから。家族仲が良かったとしても、ある程度長い期間、それぞれが別の暮らしをしていると、それぞれの生活の中で価値観とかいろいろ変わってしまっているので、大なり小なりいざこざが発生する可能性があることを覚悟しておいたほうがいいと思います。“もめて当たり前”という精神で挑むかどうかがすごく大事かもしれません。*前編から読みたい方はこちら