介護が始まる前に親と介護について話すべき理由――川内さんは、親の介護が始まる前の人と、すでに介護が始まっている人からだと、どちらの人から相談を受けることが多いですか?介護が始まったあとに相談を受けることが圧倒的に多いですね。でも、そこを変えたいんですよね。――そこを変えたいということは、「介護が始まる前に相談してほしい」ということなんでしょうか。そうなんです。介護が始まる前に相談してくださると、介護の選択肢が増えるんです。実は、家で介護されている人の中には、すでに老人ホームに入居させたり、病院に入院させたりしてもいいんじゃないかなっていう状況の人も多いんですよね。そういう状況で「親の介護を家族で頑張っていたけど、もう疲れてしまって自分たちで介護できない」ってなってから施設に入れようとすると、希望通りの施設への入居が難しいことも少なくありません。以前、わたしが介護の現場で働いていたとき、デイサービスの送迎で利用者さんのご自宅の前で停車していたら、ボサボサ頭の女性が裸足でばーっと走ってこられたことがありました。「うちのお母さんが何言っているかわからないんですけど、助けてください」って。そこまで抱え込んじゃってたんですよね。もちろん、その状況から福祉の中でやれることを全力でやるんだけど、そうなってからだと利用できるサービスも限られてしまうんです。「こんな状態になるまでどうしてわたしたちのところに来てくれなかったんだろう」って思っちゃうんですよね。――なるほど。やはり介護が始まる前に、将来の介護に向けて準備をすすめておいた方がいいんですね。あと、親が元気なうちであれば、「親が何を優先して暮らしていくのか」ということも考えられると思うんですよね。例えば、わたしたちって、常日頃、安心・安全だけを最優先に生きているわけじゃないですよね。外に出かけると交通事故に遭う確率が高くなるし、自分の好きなものを食べると健康被害に遭うリスクがある。だからといって、それを全部なしにしましょうって普通は考えないですよね。しかし、親の介護ってなった瞬間に、それを親に押し付けてしまう。「危ないから立ち上がらないでね」とか「道に迷うんだったら出かけないでね」って言っちゃうんです。「わたしがこれだけ頑張ってやっているんだから、お母さん我慢してね」ってなっちゃうんですよね。でも、まだ親が元気なうちだったら「親にとっての幸せってどういう状態かな」っていうことを考えられるんです。――自分が親から「これしちゃダメ、あれしちゃダメ」って言われたことを、今度は自分が親に言うようになってしまうみたいな感じですね。おっしゃる通りです。心理学ではこれを“パターナリズム”と言います。実は、親に厳しく育てられると、親子の関係は厳しい関係になってしまうと言われているんです。つまり、親に厳しくしつけられた人は、親が介護状態になったら厳しく接するようになるそうです。もちろん、気持ちに余裕があって冷静な判断ができるなら、親にとって幸せな方を選ぶことができるんですけど、感情的になって距離感が取れなくなると、親にされたことをやり返してしまう。それは相手が嫌いだとかそういうことじゃなくて、心理的にそういう反応しちゃうそうなんです。特に、親が厳しく育ててくれたおかげでいい大学に入れたとか、結果として良い就職先に行くことができたという人は、親に恩返ししたいという気持ちが強かったりするんです。でも、それはやっぱり危険なんですよね。だから、家族の関係を棚卸して、自分と親が良好な関係を続けるならどういう距離感がいいのかっていうことをやっぱり考えなきゃいけないんですよね。――確かに介護が始まってしまってからだと、親とどういう距離感で接するべきか冷静には判断できる余裕はなさそうですね。そうなんですよね。わたしも介護の現場で働いていたとき、目も見えなくて足も切断しているくらい相当重度な糖尿病だけど「お風呂上がりに絶対コーラを飲みたい」という人や、酸素吸入器をつけているのに「タバコはやめたくない」という人にも出会いましたけど、お医者さんから禁止されていることもわかった上でやってるんだったら、誰も止められないんですよね。その人の生活だし、その人の命だから。だけど、家族がこういう人たちを懸命に介護していると、本人がそれを訴えたとしても許さないわけです。結果、ご本人からいろんなものを奪ってしまうことになる。お父さんはどうやったってタバコを買ってきちゃうし、タバコのおばさんが「お父さんかわいそうだから」って言って売っちゃうから、もうお父さん外に出すのやめよう、みたいな話になる。これは選択肢が失われている状態なんです。タバコが好きなお父さんからしたら、タバコをやめて多少長生きしてもあまり楽しくないですよね。介護が始まって、子どもに余裕が無くなってしまうと、「親が本当にやりたいことは何か」「何が親にとって幸せなのか」を考えることができなくなるんです。だから、早いうちから介護について相談できているといいんじゃないかなって思うんですよね。 ――親が元気なうちにそういった話をする場合、どういったコミュニケーションをとっていけばいいのでしょうか。 例えば「自分はこの先10年、こういうことを大事にして生きていきたいと思っているんだけど、お父さんとお母さんって何か考えていることはある?」っていう聞き方をするといいかもしれません。そうやって聞かれると、両親からすれば子どもから頼られているなって思いますよね。そうすると、子どものために人生の先輩としてアドバイスしてあげなきゃいけないよね、と思って答える。でもそれって、親自身がこれから何を大事にして生活しようかって考えるきっかけを、子どもから提供していることにもなるわけですよね。最初はなかなか返事が返ってこないことが多いと思います。そんなこと考える人は少ないですからね。親自身も自分が歳を取って高齢者になることは初めてだし、自分で生活ができなくなっていく状態を具体的にイメージしたこともおそらくないでしょうし。自分がどうするのが本当にいいかっていうこともわからないわけですね。だけど、子どもから問われることで、将来のことを考える機会にもなるし、聞く側も自分で考えておかなきゃいけないわけですから、すごく意味がある会話になると思います。実家に帰ったときに「そういえばこの前のあれなんだけど」みたいな話で繰り返していくと、親からぽろっと一言聞けるかもしれないですよね。子どもにとっては取るに足らないことかもしれないけど、親の大事な希望を知ることができる機会になるんじゃないでしょうか。ただ、これはあくまでも“親が元気なうち”に話し合うのがポイントです。すでに健康状態に不安があったり、心身が弱ったりしているときに話したことは、本人の希望じゃないと思った方がいいですね。 ――介護が始まってから親の希望を聞くとなると、どういったデメリットがあるのでしょうか。例えば、すでに介護が始まるような段階で、親から「あなたさえ家にいてくれたらわたしは何もいらない」とか「デイサービスに行くぐらいだったら、わたしは死んだ方がマシなんだ」と言われてしまうと、「うちの親が嫌がることだけはさせたくない」って思ってしまいますよね。でも、そこに振り回されないことがすごく大事なんです。それは、親が自分の不安を解消したくて言っているだけであって、その言葉に実はそこまで大きな意味があるわけじゃなかったりするからです。もちろん、老いていく親に「もっと冷静に自分の気持ちを整理してくれよ」とは言えません。だとしたら、こちらが親から言われたことに対して過剰反応しないっていう冷静さを保つことが大事。親が元気なうちにコミュニケーションを早めに取るべきなのは、それが本当の親の真意かどうかを冷静に見極めるための時間も必要だからです。次回も引き続き川内さんにお話をうかがいます。第3回は「子育てと親の介護の両立」について、お聞きしました。次回もお楽しみに。