相続のこと、親とどうやって話せばいいの?――親が元気なうちに相続のことも話し合っておきたいなと思うのですが、財産の話を親とするのはなかなかハードルが高いなと感じています。親に財産の話を切り出すのは、誰だって難しいですよ。でも、本来、相続って財産のことだけではないんです。 ――え?そうなんですか?そうなんです。そもそも、相続の語源って知っていますか?――いえ……知らないですね。相続は、本来、仏教哲学の用語で、人間の行為の連続性とか因果関係の連続性を表している言葉なんです。つまり、本来の相続の概念・語源からすると、親から引き継ぐものは財産だけじゃないということ。親から引き継ぐ財産や負債はほんの一部の話なんですよね。 ――なるほど、相続という言葉にはそういう意味があったんですね。もちろん財産や負債を親からどう引き継ぐかも大事なことなんですけど、それ以上に自分のルーツにつながる話を聞いておくことがすごく重要だと思います。当たり前のことですけど、親がいたから自分が存在しているんですよね。つまり、親の半生について聞くことは自分のルーツをたどることにもなります。こういった親の話は、自分がこれから先の人生を生きていくうえで、非常に重要な手がかりになるはずです。だから、財産のことよりも、まずは代々続いているものをきちんと認識しておくことが大事なのかなと思います。それに、こういった話は、親が亡くなってしまったらもう絶対に聞けないですよね。たとえ元気であったとしても、親が認知症になって話せなくなる日が来るかもしれない。もちろん親が亡くなってからルーツを調べることもできなくはないですけど、非常に難しいです。だからこそ親が元気なうちに、親がこれまでどうやって生きてきたのかを聞いておくべきだと思いますね。――言われてみると、私自身も自分のルーツがいまいちよく分かっていないところがあるので、親が元気なうちに聞いておいたほうがいいかもしれないですね。ちなみに、先生ご自身はご両親にお話を聞いたことがあるんですか? 父に話を聞きましたね。父も僕と同じ法学部出身なんですけど、司法試験を受けていないんです。父の父、つまり僕の祖父は裁判官だったから、父が法学部で学んでいたなら司法試験を受けただろうに、なぜか受験せずにサラリーマンになった。それがずっと疑問だったんですよね。それが、先日、父に半生を聞いてみたら、父は大学時代に母親を亡くしていて、その前に弟も亡くしていた。そういう人生の進路を決める大切な時期に、図らずとも人生の不幸な出来事が重なった。だから、司法試験を受けなかったのかと理解できたのです。ちなみに、祖父は、話題になった朝の連続テレビ小説「虎に翼」の時代に裁判官をしていたんですけど、旧東京帝国大学(現:東京大学)の3年生のときに高等試験司法科試験(現在の司法試験に相当)に合格したそうなんです。そういう資料も父に見せてもらいました。祖父から受け継いだものが自分の中にあると思うと、自信になるなと思いましたね。――具体的にはどのようにお話を聞いていったんですか。 年表を持って行って、父の当時の年齢と照らし合わせながら話を聞いていきました。時系列で振り返ることで、祖父の仕事の都合で函館に住んでいたときに、洞爺丸事故という日本海難史上最悪の事故を見た話が聞けましたね。その話の流れで、二・二六事件の裁判に祖父が関わっていたことも知りました。こういった話は親に聞いたからこそ知ることができたわけで、僕が聞かなかったら全く知り得なかったことでした。話は一度にまとめて聞くのではなく、1〜2時間くらい聞いて、また日をあけて聞きに行くようにしました。普通に実家に行ったら「最近元気?体調どう?」くらいの会話で終わってしまうけど、そういう話を一度投げかけていくと、親も過去のことを調べてくれるようになったんですよね。昔の手紙とか日記とかを出してくれました。もしかしたら認知症予防にもつながるのかも、とも思います。 ――親御さんから聞いたお話はどこかに書き留めるなどされたのでしょうか。僕は親の半生を聞いて、時系列にしてパソコンでまとめました。それだけでも、親が何を考えていたのか、どういう生き方をしていたのかを把握できるので、これから先、さまざまな場面での糸口になるなと思っています。――親が元気なうちに親の半生について聞いておくことは、財産の相続という面においてもメリットはあるのでしょうか。 そうですね。僕は仕事柄、相続に関わることが多いのですが、生前に親と話し合いができているご家庭は相続でもめない印象があります。相続争いに発展した事例を見ると、亡くなった人=親がきちんとしてないケースも多いんです。「自分が死んでからなんとかしてくれ」という親も少なくないですからね。でも、ちゃんと親と話ができていたら、親がどういう考え方を持っているかがわかりますよね。例えば、うちの場合だと、僕は実家を離れて暮らしていて、妹が実家で親と二世帯で住んでいるんですけど、僕が実家にちょこちょこ戻って親と話をしていれば、親の健康状態も、どんな生活をしているかも見て取れます。妹ともコミュニケーションをとることができますしね。それに、父にそういう話を聞いていると、母が亡くなった後どうするかといった話になることもあります。――なるほど。そういった親の話を聞くことは、相続に向けて話を進めるためのいいきっかけになりそうですね。親にいきなり財産について聞いたら、「お前、俺を殺す気か」と言われて話すことを拒絶される可能性もありますよね。だから、最初はまるっと親の人生を聞きに行くぐらいのスタンスの方が親も構えないと思います。「自分だけでなく孫のためにも、ルーツにまつわる話を残しておいた方が絶対にいいよ」って伝えると、前向きに話してくれるのではないでしょうか。もちろん、うちの親も最初は怪訝な顔をしていましたけど、自分のことだからよく話してくれましたよね。それに、自分のきょうだいに対しても「親に相続の話をしに行く」と言うといい顔をしないかもしれないですけど、「親に半生の話を聞きに行く」と伝えれば嫌がることはないはずです。なんならきょうだいも交えて親と会話する中で、財産に絡むことも聞ければいいんじゃないかと思います。永淵先生自身も実践された「いきなり財産の話を切り出すのではなく、まずは親の半生を聞く」というお話、いかがでしたか?私自身、お話をうかがうなかで、財産のことよりもまずは親の半生を改めてじっくり聞いてみたいと思いました。これも親が元気なうちだからこそ、聞いておくべきだなと改めて考えさせられましたね。永淵先生、ありがとうございました!次回は、中島正俊先生に、より具体的な相続についてのお話をうかがいます。取材協力:弁護士法人 ENISHI