遺言書を書くことはメリットばかり!?――今回は「遺言書」について教えていただきたいです。そもそも遺言書ってどんなものなんでしょうか。遺言書とは、遺言を書いた人が表示した意思を、一定の要件や形式の下で、死後に、法的効果を発生させる書面です。例えば、「Aにすべての財産を相続させる」という遺言は、「Aに相続させる」という法的な効果を遺言者の死後に生じさせます。そのため、遺言は一定の形式や要件を満たしたものでなければ、遺言書として認められないんです。――最近、エンディングノートを書く人も多いですよね。遺言書とどういった違いがあるんですか。 一般的にエンディングノートは、法的な効果を生じさせることを想定していません。相続そのものというより、自分が亡くなったときに家族が困らないように必要な情報をまとめたり、家族や親しい人へ感謝の気持ちや思いを伝えたりするためのものです。法的な効力を想定して作られていないため、形式にとらわれず自由に書くことができるというのが大きな違いですね。 遺言書は法的効果を生じさせる必要があるため、厳格な形式を備えていなければならないんです。――なるほど。ただ、遺言書って財産をたくさん持っている人だけ書いておけばいいんですよね……?それは誤解です。財産が多いか少ないかに関わらず、遺言書を作成しておくことには大きなメリットがあるんです。具体的に遺産の配分が記載された遺言書があれば、相続人が財産の分け方を協議する必要がなくなり、相続手続きをスムーズに進めることができます。例えば「この家はあの人に」「この財産はこの人に」というように、遺言書で財産の分け方を指定しておけば、相続人は故人の意思を尊重し、争いを避けることができます。遺言書がないと、「私はこの家が欲しい」といった意見の対立から、相続争いに発展する可能性もありますからね。特に、子どもたちや兄弟姉妹が不仲であったり、相続争いに発展しそうだったりする場合は、遺言書を作成しておくことで争いを回避し、話し合いの手間を省くことができます。また、遺言書がない場合、相続人の間で財産の分け方について意見が一致せず、遺産を巡るトラブルに発展する可能性もあります。遺言書があれば、そのようなトラブルを未然に防ぐことができるんです。――そういったメリットがあるんですね。逆に、遺言書を作成するデメリットはあるのでしょうか。遺言書を作成すること自体に、大きなデメリットはありません。しいて言えば、作成の手間や費用がかかることくらいですかね。特に、公正証書遺言を作成するには、公証役場への訪問や証人の手配など、手続きが煩雑です。また、遺言書があったとしても、相続人全員の合意があれば、遺産分割の方法を変更することは可能なんです。しかし、遺言書の内容が一部の相続人にとって有利な場合は、当該相続人が合意することは通常ありませんから、遺言書通りに相続手続きを進めることが一般的です。そのため、遺言書を作成することによる法的なデメリットはほとんどないと考えられます。――「特にこういった場合は遺言書を作成しておくべき」といったケースはありますか。特に遺言書を作成しておくべきケースとしては、以下のようなものが挙げられます。◼️夫婦に子どもがなく、両親も亡くなっていて、被相続人に兄弟姉妹がいる場合配偶者にすべての財産を相続させたい場合は、遺言書を作成する必要があります。配偶者に全財産を相続させる旨の遺言書がない場合、被相続人の兄弟姉妹にも相続権が発生し、配偶者は全財産を相続することができません。◼️内縁関係で事実婚の場合日本の法律では、事実婚のパートナーには相続権が認められていません。しかし、遺言書を作成することで、パートナーに財産を「遺贈」することができます。遺言書がない場合、パートナーは何も相続できない可能性が高いです。◼️会社経営をしていて子どもが複数いる場合会社の株式が分割相続されるため、相続争いが会社の経営に悪影響を及ぼす可能性があります。遺言書を作成することで、特定の子どもに株式を集中させてその他の子どもたちには株式に見合うだけの現金を相続させたりするなどの対策を講じることができます。ただし、遺言書を作成することによって、相続人が疑心暗鬼になり、かえって家族関係が悪化してしまうこともあります。遺言書を作成するときは慎重に進めるようにしましょう。――借金などのマイナスの財産は書く必要はあるのでしょうか。マイナスの財産は、遺言では決めることができません。基本的には、法定相続分で分割されます。債権者から見ると「借金をしている人が勝手に借金の分け方を決めるべきではない」ということになるんです。親が元気なうちに遺言書を書いてもらうにはどうすべき?――親が元気なうちに遺言書の作成を促すには、どのようにしたら良いでしょうか。親に遺言書の作成を促す場合は「お父さん、お母さんの財産なんだから、どのようにするのか決めておいてね」といったように、さりげなく伝えるのがいいかもしれないですね。「遺言書を作って」と直接的に言うと、親はプレッシャーを感じてしまうかもしれません。また、特定の子どもに多くの財産を残すような遺言書が出てきた場合、他の子どもたちは「自分は親に愛されていなかった」と感じてしまう可能性もありますよね。そうなることを考えて、親が遺言書の作成をためらってしまうことがあるんです。ただし、親が「この財産はこの人にあげたい」「この人が生活に困らないようにしてあげたい」といった思いがある場合は、積極的に遺言書の作成を促す必要があるでしょう。――ただ、遺言書を作成してから年数が経つと、親の意思や環境が変わることもあるんじゃないかと思うんです。「遺言書を撤回したい」「書き直したい」と心境が変化することもありますよね?実は遺言書は撤回することもできますし、何回も書き直すこともできるんです。書き直した場合、最後に作成された遺言書が有効となります。とりあえず遺言書を作成しておいて、後から内容を変更したり、破棄したりすることも可能なんです。遺言書を作成する際には、現在の自分の財産がどれくらいあるのか、どのように分けたいのかを整理しておくことが大切です。預貯金の残高は予想よりも減っている場合があり、不動産の価値は上がっている場合もあります。相続人の間で分割する財産のバランスが取れていない場合は、遺言書を書き直す必要があるでしょう。ただ、書き直した遺言書が形式的な要件を満たしていない場合は、その遺言書の効力が否定され、その前に作成された遺言書が効力を有します。遺言書を書き直すときは注意が必要ですね。――遺言書を作成する場合、いろいろと注意しなければならないポイントがあるのがわかりました。それでも親に遺言書を作成してもらっておくと助かることが多いんですね。その通りです。遺言書がない場合は、相続人同士が話し合い、合意して遺産分割を決定する必要があります。合意が出来ない場合には、遺産分割調停や審判など家庭裁判所の手続きを経る必要が出てきます。ただ、遺言書の作成は、単に遺言書を書くだけで終わりではありません。分配方法を検討したり、各種手続きを行ったりと、多くの作業が発生するため、親子とも体力も気力も必要となります。だからこそ、判断能力や体力にまだ余裕があるうちに、親や他の子どもたちとよく相談しておくことが大切です。遺言書の作成というと、どうしても身構えてしまいがちですが、親に「自分の財産なのだから、どのようにしたいのか決めておいてね」と伝えるのは、とても説得力のある促し方ですね。しかも、遺言書は一度書いたら終わりではなく、状況や心境の変化に合わせて書き直せるので、定期的に資産の棚卸を兼ねて見直すと考えれば、親世代の方が人生を前向きに生きるきっかけにもなりそうです。次回は、中島正俊先生に、遺言書の作成方法について具体的にうかがいます。 取材:大井あゆみ(実家のこと。編集長)文:西沢裕子取材協力:弁護士法人 ENISHI