自筆証書遺言と公正証書遺言、それぞれのメリットとデメリット ――前回のお話しで触れた遺言ですが、遺言にはどんな方式がありますか?改めて教えていただきたいです。遺言の方式には、「自筆証書遺言」や「公正証書遺言」があります。他にも、秘密証書遺言や緊急な場合の特別な方式の遺言もありますが、今回はよく使われる自筆証書遺言と公正証書遺言を説明しますね。自筆証書遺言はその名のとおり自分で作成する遺言です。一方、公正証書遺言は、公証役場の公証人による公正証書の形で作成する遺言のことをいいます。――親が自筆証書遺言と公正証書遺言を書く場合のメリット・デメリットも、それぞれ教えてください。自筆証書遺言と公正証書遺言は、一方が持つメリットはもう一方が持つデメリットになるという関係性があります。◼️自筆証書遺言のメリット・費用がかからない特に何度でも書き直したい場合は、その都度公証役場へ費用を支払うよりも、自分で書いた方が経済的です。・証人が不要公正証書遺言と異なり、証人を立てる必要がありません。・秘密の保持証人が不要なため、第三者に内容を知られることなく、確実に秘密を守ることができます。◼️自筆証書遺言のデメリット・形式の不備で無効になる可能性法的な効力を持たせるために決められた形式に従って手書きする必要があり、書き間違いや訂正方法も厳格に定められています。これらのルールを守っていないと、遺言書が無効になる可能性があります。また、基本的に手書きで作成するため、病気やケガなどで手書きが困難な場合は、自筆証書遺言を作成することが難しいです。・遺産の目録の作成が手間遺言の際に、財産の特定をするべく目録の形式で財産内容を作成することが一般的ですが、財産が多い方はその目録の記載自体に手間がかかります。この点、目録に署名と押印があれば、財産目録は自筆でなくてもよい法改正によって変わりましたが、それでもパソコン等で目録の作成自体が非常に手間のかかる作業です。・家庭裁判所の検認手続きが必要遺言の保管者(保管者がいない場合には遺言を発見した相続人)は、故人の死後、家庭裁判所で検認の手続き(遺言書の存在と内容を家庭裁判所で確認する手続き)を行う必要があります。検認には費用もかかります。・自宅保管のリスクせっかく遺言書を作成しても、保管場所を伝えていないと家族に見つけてもらえない可能性があります。また、遺言書を見つけた相続人にとって都合の悪い内容であった場合、隠蔽されてしまう可能性もあります。なお、法務局で自筆証書遺言を50年間保管してくれる「自筆証書遺言書保管制度」が新たに創設されました。この制度は、様式にルールがあったり手数料がかかります。詳しくは法務省のホームページをご確認ください。◼️公正証書遺言のメリット・手間の軽減財産の資料と戸籍謄本を提出し、相続分の分配方法等について伝えて公証人に公正証書を作成してもらいます。自分で文書を作成する必要がありません。無効になる可能性も低く、公証役場で保管されるため、紛失の心配もありません。 ◼️公正証書遺言のデメリット・証人が必要証人2名が必要です。未成年者や推定相続人や受遺者等などは証人になれません。ただ、適切な証人がいない場合、公証役場で証人を紹介してくれる運用があります。ただし、その証人の方の日当が発生します。・公正証書遺言作成に手数料がかかる公正証書遺言を作成するには手数料が必要です。手数料は財産の価値によって異なり、数千円から数十万円程度かかります。一般的には「公正証書遺言」がおすすめ――お話をうかがう限り、自筆証書遺言を作成するのはなかなかハードルが高そうだなと思いました。例えば、親が自筆証書遺言を作成する場合、注意した方がいいポイントはありますか?自筆証書遺言は、親御さん自身が全文を自書する必要があります。ただし、先ほども述べましたとおり、財産の目録を作成する場合には、各ページに自書による署名と押印が必要ですが、パソコンなどで作成したものを添付したり、預金通帳や登記事項証明書のコピーを添付したりすることもできます。また、誰にどの財産を相続させるのかが明確になるように記載しなければなりません。推定相続人(相続が発生した場合に相続人となるべき人)の場合は基本的に「相続させる」と記載し、推定相続人以外に財産を譲る場合は「遺贈する」と記載するのが一般的です。特に注意すべき点は日付です。日付は、遺言書を作成した年月日を具体的に記載しなければなりません。例えば、「5月吉日」といった曖昧な書き方は、遺言書を無効になってしまう可能性が高いです。なぜなら、「5月30日」と「5月吉日」のどちらが後に書かれたものか分からなくなってしまうからです。誰か1人に全財産を相続させるなどの簡単な遺言であれば、自筆証書遺言も親御さん自身で作成可能です。ただし、複雑なものだと、形式の不備等で遺言書が効力を持たない恐れが生じるので、公正証書遺言がおすすめかと思います。 参考:自筆証書遺言書の様式(法務局)――公正証書遺言を作成する場合も、注意すべき点はありますか?公正証書遺言の作成は、文書の作成自体は公証人が行ってくれます。遺言者は、戸籍謄本や財産の資料を提出したりします。ただ、公証役場は遺言書の文書を作成しますが、財産の具体的な分け方についてアドバイスをすることはありません。そのため、場合によっては弁護士等に相談して、適切な分配方法を検討する必要があるかもしれません。公正証書遺言は公証人が作成しますが、作成者自身が遺言書の内容を理解し、説明できる必要があります。そのため、判断能力があり、ある程度自分の意思を表明できる状態でなければ、公正証書遺言を作成することはできないのも注意したいポイントですね。――親に公正証書遺言と自筆証書遺言のどちらで作成してもらうか、どういった基準で決めればいいのでしょうか。自筆証書遺言は、思い立ったときに作成したい場合や、内容を絶対に秘密にしたい場合、相続人が1~2人くらいで、内容が非常に簡単な場合には良いかと思います。ただ、上述の通り、手間の問題や形式面の不備による無効のリスクなどがありますので、費用はかかりますが、一般的には公正証書遺言の方がよいのではと思います。第2回から今回まで、遺言について中島先生にお話をうかがいました。実は、お話をうかがう前まで「うちの親には遺言書を作ってもらう必要はないかな」と思っていたんです。でも、先生のお話をうかがって、やはり相続の手続きをスムーズに進めるためにも遺言書を作成してもらうことを検討したいと思いました。中島先生、ありがとうございました!次回は、小池孝範先生に、遺言書があっても法律で最低限保障される相続分「遺留分」についてうかがいます。取材:大井あゆみ(実家のこと。編集長)文:西沢裕子取材協力:弁護士法人 ENISHI