「親のこと、実は何も知らなかった」――ノート作りに込めた想い――まずは御社とご自身について教えてください。 (左から)三和物産株式会社 稲垣水月さん、若林敦さん稲垣さん:三和物産は葬儀関係の備品や祭壇などを作っている会社で、私は企画開発課でデザインをしています。『大人になってからの家族の交換ノート』は社内で私が発案したプロジェクトの中で作ったものです。若林さん:僕は営業担当で、葬儀社さんへ祭壇や御位牌など提案して卸しています。ふだんは稲垣とそれほど接点はないのですが、このプロジェクトに共感できるところがあったのでノート作りに関わりました。――そもそも稲垣さんはなぜ『大人になってからの家族の交換ノート』を作りたいと思ったんですか。稲垣さん:自分が生まれた時の親の年齢に近づいたことで「今の自分の年齢の時に、親はどんなことを考えていたのだろう」と興味が湧いたんですよね。そう思えるようになったのは、子どもの頃とは違う視点で親のことを考えられるようになったからだと思います。あと、私は最近結婚したのですが、自分が結婚したことで母が父を選んだ決め手や理由も気になったんです。私の父は娘から見てちょっと変わった人なので、「なんで父と結婚したのかな」や「なぜ子供をもうけようとしたのか」「子育てとキャリアについてどう決めたのか」など、不自然じゃない感じで聞けたらいいなと思いました。ただ、実際に親に直接聞こうとすると、すごく恥ずかしくて気が引けてしまって……。大人になったことで、聞きたいことや話したいことのハードルが上がったと感じたんです。そういうことや、もう少しセンシティブなことも気軽に聞けるようなツールがあればいいなと思ったのが、このノートを作った理由のひとつです。構想自体は2年半前くらいからですね。当初はエンディングノートのようなものでもいいのかなと思ったのですが、実物を見てみると、親の情報ばかりに焦点があたっていて「ちょっと違うな」と感じたんです。それに、親とは離れて暮らしていて年に数回しか会わないのに、いきなりエンディングノートを渡したら不審がられるかもしれないし、少し渡しにくいなと。他に適切なものがないか探したのですが、これだと思えるものが見つけられなかったんです。そんなとき、小学生の時に連絡帳で親とやりとりしていたのを思い出して、それを大人向けに使えないかとデザインやラフを作って、今のかたちになりました。親のことを聞くことだけが目標ではなく、親とのコミュニケーション量を増やすことを目指すことにしたんです。――若林さんは、ノート作りにどのように関わられたんですか。若林さん:稲垣がノートを作っていることはもともと知っていたのですが、社内で一緒に構想するメンバーを募っていたので手を挙げました。ノート作りに関わりたいと思ったのは、23歳で父をすい臓がんで亡くした経験があったからです。父から何か厳しいことを言われたわけでもないんですが、なぜか父のことが嫌いだったんですよね。でも、いざ父が亡くなると、とてつもなく悲しくて、たくさん泣いてしまって……。よく考えると、父のことを何も知らなかったんです。生まれはどこか、何が好きかとか何も知らないなと感じたときに、もっと父としゃべっておいたら良かったと思ったんですよね。もし、あのときこのノートがあったら、もう少し父のことを知ることができたかもしれない。そう思って、ノート作りに関わることにしました。 ――お二人とも、ご自身の経験がきっかけでノート作りを進められたんですね。稲垣さん:若林さんのように「親が嫌い」とまではいかなくても、親と仲が悪いわけじゃないのに「親と全然話してない」「LINEは既読無視している」という人はたくさんいますよね。正直、私もそうですし、周りの友人たちもそういう人は少なくありません。大人になってから家族とあまり話をしていない人は多いのかもしれない、という感覚はありましたね。「何を書けばいいか分からない」も解決。親子のコミュニケーションにつながるノート――ノートの構成やデザインで特にこだわった点を教えてください。稲垣さん:ノートを交換するハードルを下げるために、硬い印象になりすぎないように、また気恥ずかしさを減らすように工夫しました。水彩タッチを使った優しいデザインで、手に取りやすくしています。中身は「家族のプロフィール」「日々のささいな話(親・子両方への質問)」「文字だから話せるここだけの話(子どもから親への質問)」「お互いの仕事のこと。学生時代のこと」「一緒に考えるこれからの未来の話」の5章構成になっています。 「すきな食べ物」「すきな歌」といった一言で返せるような簡単な質問からスタートして、最後の章ではこれからの未来の話として「親が病気になったら」「親が亡くなったら」「葬儀のことはどうするか」など徐々に深い話ができるようになっており、最後には言葉だと少し気恥ずかしい話や言いにくいこと、ありがとうやごめんねを伝えられるページを作りました。「親との交換ノートなんて何を書けばいいか分からない」という人でも書きやすいような構成やデザインを目指しました。――それぞれのページの内容は、どうやって考えていったのですか?稲垣さん:一緒に考えてくれたメンバーが私以外みんな男性だったんですけど、「男性の方が女性よりもノートを書くハードルが高い」という声もあったので、彼らがいかに書くかを想定して作っていきました。冒頭の方にある家族のプロフィールページは、私が子どものころに流行したプロフィール帳を参考にしました。面白い質問に答えていくのも楽しいし、簡単に答えられるからサクサクと書けるんですよね。「雪と言えばどんな曲を思い出す?」「子どもの頃に好きだった漫画やアニメは?」といった世代によって回答が異なるようなものも盛り込んで、会話のきっかけになればいいなと思いました。若林さん:「コアラの絵を描いてください」といったページもあるんですよ。「お父さんが描くコアラってこういう感じなんだ」というのを見られるのも面白いですよね。そういった遊び心を取り入れて書きやすくするといった工夫もしました。稲垣さん:メンバーにも「文章ばかり書くページが多いと少ししんどいから、親世代には脳トレのような遊べるページがあるといい」と言われたんですよね。脳トレの要素を取り入れるのはちょっと難しいなと思ったので、イラストを描くページを取り入れたんです。 ――章の構成も、皆さんで議論を重ねて決めていったんですね。稲垣さん:そうですね。最初は親に聞きたい質問を自分で書いて親は答えるだけ、という構成も考えたんです。でも、それだとしんどかったり面倒くさかったりして、自分が本当に聞きたい質問をする前に終わっちゃうなと思ったので、冒頭は質問を用意して答えるだけのページにしました。親だけじゃなく自分の回答欄も増やして、自分と親の双方が聞きたいことを聞けるようにしたほか、文章だけで大変にならないように「思い出しスケッチ」や「小休止のページ」を設けました。 ――ノートを書くことで親子のコミュニケーションにもつながりそうですね。若林さん:そうなんです。あと、このノートをやりとりすることで安心感も得てほしいなって思っています。僕の妻が北海道出身なんですが、妻と北海道在住の義母に実際にこのノートの交換をしてもらったんです。印象的だったのが「子育てで何が大変でしたか?」という質問の回答に、義母が「忙しすぎて覚えてない」と書いていたこと。うちには今2歳の子どもがいるのですが、それを見た妻が「私も忙しすぎてもう分からない。母親もそうだったんだ」と言っていたんですよね。 親と同じ気持ちを共有できるといった安心感も、このノートで提供できるんじゃないかと感じています。後編では、親子がコミュニケーションを深めることの意義やノートへの反響などについて、引き続きお二人にお話をうかがいます。★『大人になってからの家族の交換ノート』について詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。取材:大井あゆみ(実家のこと。編集長)文:西沢裕子