相続財産に預貯金がほとんどない場合の遺留分はどうなる?――遺留分を算出するときの財産としてイメージしやすいのは預貯金ですが、他にはどのようなものがありますか。不動産、株、有価証券、暗号資産、高級車などが挙げられます。その他にも、高級絵画や骨董品なども財産に含まれます。――つまり「お金に換算できるもの」ということですね。例えば、預貯金がほとんどなくて、それ以外の遺産がある場合、遺留分についてはどのように考えればいいのでしょうか。預貯金が少なく、他の財産が自宅(不動産)しかないようなケースは、解決が難しくなる可能性がありますね。例えば、父、母、子ども2人の家族で、父親が亡くなり、子どもは独立をしているケースを考えてみましょう。父親が「母親に全財産を相続させる」との遺言を作成していた場合で、不動産の価値が5,000万円で、預貯金が1,000万円のケースを考えてみると、遺産の総額は6,000万円で、子どもの遺留分はそれぞれ750万円ずつになります。しかし、預貯金は1,000万円しかないので、1人は750万円を受け取れても、もう1人分の現金が足りません。母親自身も預貯金がなく、不動産しかない場合はトラブルに発展してしまうこともあります。子どもたちが「500万円ずつでいい」と言ってくれれば良いのですが、「きちんと遺留分を受け取りたい」となると、自宅を売却せざるを得なくなってしまうのです。――なるほど。不動産を売却して、換金して財産を分けるということになるんですね。そうなんです。だからこそ、いつかは相続が発生することを理解して、生前に何らかの対策を講じておくことが重要です。亡くなってからでは、対応のしようがない場合も多いですからね。それに、単純に不動産を売却してお金にできればいいというケースばかりではありません。「実家を守りたい」とか「代々続いてきた家を売却したくない」といった思いを持っている人も少なくありませんからね。そういう思いもふまえて、生前にきちんと話し合いや整理をしておくことが大事です。――不動産を売却しないで済むために、事前に対策しておくことはできるのでしょうか。お金の面だけで言えば、例えば生命保険に加入しておくこともひとつの方法です。先ほどの4人家族のケースであれば、母親を生命保険の受取人にしておけば、父親が亡くなって、母親に預貯金がなくても、保険金で遺留分を賄うことができれば不動産を売却せずに済む可能性が出てきます。――不動産に住宅ローンが残っている場合は、どのような扱いになりますか。契約者が亡くなった場合に、ローン残高を保険金で返済することができる団体信用生命保険(団信)という制度があります。団信に加入していれば、住宅ローン残債務はなくなりますね。ただし、債務がない不動産が残る状態になるだけなので、遺留分の問題は解決しません。――債務はなくなっても、不動産の価値は残っているということですね。その通りです。不動産でローンが問題になるとすれば、自宅とは別に投資物件があるケースです。投資物件の場合は団信に加入していないこともあり、そうなると残ローンがなくなりません。そして、その場合に投資物件を含めて全財産を引き継ぐのであれば、当然債務も引き継ぐことになります。――例えば、父親が亡くなって母親と子ども2人が残されて、不動産と高級車はあるけど現金がない場合はどうすればいいのでしょうか。車を売却して解決することが多いですね。ただ、極端な例になりますが、不動産と高級車が2台あった場合、母親が不動産、子どもが高級車を1台ずつ相続して、それで終わりでも良いのです。遺留分は、残された人たちが合意できれば厳密に割合を守る必要はないのです。それが法律で定められている遺留分の割合を下回っていても、当事者が「それで良い」となれば、それで良いのです。――なるほど、当事者で決めてしまってもいいんですね!不動産や車の価値を評価するのは、亡くなった時点になるのでしょうか。それとも話し合いをした時点なのでしょうか。教科書的には亡くなった時点です。しかし、今は不動産の価値も上がっているので、亡くなった時と話し合いの時点がずれていると、トラブルの原因になることもありますね。できるだけお金を受け取りたい相続人からすると、「価値が上がっている今の時点で評価してほしい」となるからです。――ちなみに、遺留分はいつまでに決めなければならない、といった期限はあるのですか。遺留分侵害額請求権を行使する際には、2つの期間制限を考える必要があります。まずは「相続開始と遺留分を侵害されたことを知ってから1年以内に行使をしなければならない」という制限です。1年以内に金額などの詳細を決める必要はなく、行使の意思表示をする期限となります。そして「相続が開始してから10年以内に行使をしなければならない」という制限もあります。これらの期間内に請求権を行使しないと、権利が消滅してしまいます。さらに、2020年4月1日施行の民法改正により、重要な変更がありました。改正前は、期間内に一度行使をすれば、その後放置しても時効の問題は生じませんでした。しかしながら、改正後は、請求権を行使した後5年間何もしなければ、時効により消滅してしまうので注意が必要です。請求権行使後、継続的に対応しなければならないということなんです。ただ、遺留分の話し合いは、それほど長期化しないことが多いです。ある程度、支払わなければならないものが決まっているからです。自分の遺留分が500万円しかないのに、2,000万円を請求することは不可能ですからね。長くても1年くらいで話し合いが終わるケースがほとんどです。――遺留分って、もっと厳密な制度だと思っていました。それにしても、やはり相続人同士での話し合いが本当に大切なんですね。相続は基本的に話し合いですからね。遺言書の内容にそもそも従わないケースもあるでしょうし、定められた遺留分の割合に関係なく合意することもできます。話し合いで済むのか、裁判をしなければいけなくなるのかは、それまでの関係性や生前に話し合いができているか、事前に対策できているかによると思いますね。預貯金が少ない場合の遺留分問題は、家族間のコミュニケーションと事前の対策が鍵となることがわかりました。相続発生後に解決しようとしても、困難なケースが多いようですね……。生前の話し合いが重要であることを再認識できました。小池先生、ありがとうございました!次回は、実際に相続について家族でもめてしまったらどんなことが起きるのか、栗原亮介先生にお話をうかがいます。取材:大井あゆみ(実家のこと。編集長)文:優花子取材協力:弁護士法人 ENISHI