「売るかも」から「売れるかも」に変わった瞬間――片づけが進むなかで、「家を売る」という話が出てきたのは、どんな流れだったんですか?話が出たのは、片づけ始めて半年ぐらいたった頃ですね。母が「近所の人が買いたいって言ってるらしいよ」と言い出したのが始まりでした。それまで「この家を売る」なんて発想はなかったんです。「仮に売ったらいくらくらいになるかな」という話はしていたんですが、田舎で路線価もないので、実績がわからなくて。 母も最初は「売れるわけがない」と言っていました。本人の中では売りたい気持ちがあったんだと思うんですが、売れないだろうし、きっかけもないし、不動産屋の知り合いもいないしで、どうしようと思っているところに買い手の話が出てきたから、ちょっと気持ちが動いたようです。――そこから、具体的な動きが始まったんですか?はい。「とりあえず査定だけしてみようか」という感じで、不動産屋さんに連絡してみました。結果、意外と悪くない金額で。「売るかも」という話が一気に「売れるかも」に変わった瞬間でしたね。母も「そんなに価値があるの?」と驚いていました。でも、「買いたいって人がいるなら、売ってもいいかな」って。母にとっては、「買いたい人がいる」という状況も安心材料だったのかもしれません。――たびねこ家さんは、宅建(宅地建物取引士)の資格をお持ちなんですよね。実家売却のために取得されたんですか?いえ、たまたまでした。私自身はこれからの仕事に悩んでいた時期で、大家業に興味があったんです。外国人にアパートを貸すとか。宅建の資格はなくても良いんですが、知り合いに相談したら「取ると良いよ」と言われて。実家を売るころはまだ宅建士の資格が取れたばかりで、仕事として活かせる状態ではありませんでした。ただ、実家のことで不動産屋さんがいろいろ説明してくれるときに理解しやすかったり、こちらから手付金の増額を提案できたりと、契約時にはちょっと役に立ちましたね。妹たちに内密で進めた実家売却――お父さまの遺言書が役立ったというお話も、印象的でした。父は亡くなる1年前に肺がんの手術を受けていたんですが、遺言書はその手術の前に書いたものでした。「自分が死んだら財産は母に譲る。不動産や家の資産は夫婦で築いてきたものだから、娘3人は譲ってください。自分が趣味で使っていたものは、申し訳ないけど処分してほしい」って。ハンコやサインもあって、遺言書として有効だったのですが、本当にすぐに亡くなるとは本人も思っていなかったんじゃないかな。母に比べると父は、お金のことはいい加減でしたけど、しっかりしていました。だから父が生きていたら、母はまだ実家にいたと思います。――著書では「姉妹関係のこともあるから、きちんと遺言書を書いていたんじゃないか」とも書かれていましたが……。そうですね……実家の不動産名義を母に移すのに遺言書を利用したんですが、本来なら遺言書なんてなくても家族で協議してやればいいことなんですよ。ましてや田舎の物件で、何千万という価値があるものでもありませんから。ただ父が亡くなった当時は姉妹関係があまりよくなくて、「不動産は母に移そうね」と話しても妹たちはすんなり「わかった」とはならないんじゃないかと思っていました。結局2人の妹たちとはコミュニケーションを取らずに、私と母と夫の3人で進めました。伝えたのは売買契約が終わってからです。コロナの関係で会って話す機会もないし、妹たちも絡めると状況が複雑になると母も認識していて。――妹さんたちの反応はいかがでしたか? 遺言書の検認手続きの際に各姉妹に手紙が行くんですよね。「もし遺言書の内容を聞きたかったら来てください」というものなんですけど、2人とも行っていなくて、私も行けなかったんです。上の妹は私が話したことに対して特に反対はなく、下の妹も関心がなさそうな感じで、特に干渉はありませんでした。でも、家を売ったときは、上の妹はかなり怒って。勝手に進めていたことが気に食わなかったみたいで、「なんで何も言ってくれなかったの?」と言われました。彼女としては関わりたかったんでしょうね。でもいくらで売ったかがわかっちゃうと、その金額じゃ安いとかって横やりを入れてきたり、「子どもの教育費がかかるからちょっと助けてよ」といった話になったりするんじゃないかと思って、私はあえて妹を話し合いに入れなかったんです。本当はみんなで進められるのが一番いいかなと思うんですけど、なかなか難しいですね。――契約を追えた瞬間、どんな心境でしたか。ほっとしたのもありますが、その時点では母の次の住まいが決まっていなかったので、それが少し気がかりでした。実家に対してはそこまでの感傷はなかったですね。というのも私は中高生のときに6年間住んだだけなんです。場所に対する思い入れはありますが、家に対する執着はあまりなく……。――お母さまも、あまり寂しそうではなかった?そうですね。母も家に対しての思い入れがそれほど強くなくて、どちらかというとコミュニティを離れる方が寂しかったと思います。長年住んでいたぶん、仲の良い友達もいたでしょうし。そこは仕方ないんですけどね。 次回は、いよいよ実家を手放したあとのお話へ。片づけを終えたあと、からっぽになった家でたびねこ家さんが感じたこと。そして、新しい暮らしを始めたお母さまとの距離感、これから向き合っていきたい“老い”や“介護”について伺います。★たびねこ家さんが出版されたKindle本もぜひお読みください。