「ちょっと複雑なことができなくなる」が判断力低下のサイン——「親の判断能力が落ちてきた」と判断されるのは、具体的にどういったときなのでしょうか。複雑なことを頼んで、それができなくなったときです。といっても、そんなに難しいことではありません。例えば私の家は二世帯住宅で、1階に81歳の母、2階に私たち家族が住んでいます。数年前、母に「旅行に行ってくるから、明日届く荷物を受け取って」と頼んだのですが、旅行から戻ると「そんなの来てない」と。配達会社に確認すると「もう届けました」と言われたんですよね。その瞬間「ああ、こういうことを頼むのはもう難しいんだ」と感じました。——日常の中のささいなことがきっかけになるんですね。 そうですね。ほかにも、よくある振り込め詐欺みたいな電話がかかってきたとき、以前は「変な電話がかかってきたけど、うちの息子の名前を言うと向こうはすぐ切ったわ」と笑い話にしていたのが、「なんかお兄ちゃんから電話がかかってきたわよ」と言うようになってしまったんです。幸い被害はありませんでしたが、判断力が鈍ると信じ込みやすくなるんだということも実感しましたね。こうした変化は、家族と日常的にやり取りをしていないと気づきにくいです。私の場合、同じ家に住んでいるからこそ発見できましたが、離れて暮らす家族だと見逃す可能性が高いでしょう。——家族や周囲の人たちが気づけるかどうかが大事なんですね。 判断力が鈍っていると、本人が「だまされた」と気づかないことも多いですからね。私が担当したケースでは、家族ではなくヘルパーさんや行政職員が変化に気付いたこともあります。私自身も母の通帳を預かるようにしましたが、「返して」と何度も言われるので、つい言い合いになることもあります。頭では母に優しくしないといけないと分かっていても、身内だと感情的になってしまうのが難しいところですね……。成年後見制度は必ずしも必要ではない…!? ——親の判断能力が落ちてきたときに、法的に守ってくれる制度はあるのでしょうか。 それが「成年後見制度」ですね。成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分になった方を保護・支援するための制度で、家庭裁判所が選任した「成年後見人」が財産管理や契約を行う仕組みです。制度には大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」の2つがあります。法定後見制度は、すでに判断能力が不十分になった方を対象とした制度で、判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」の3つに分かれています。一方、任意後見制度は、まだ判断能力がしっかりしているうちに、将来に備えて自分で選んだ人に後見人になってもらう契約を結んでおく制度です。つまり、法定後見は「問題が起きてから」、任意後見は「問題が起きる前に」備える制度と考えると分かりやすいでしょう。後見人には親族がなる場合もありますが、弁護士や司法書士などの専門職が就くことも多く、その場合は財産から報酬が支払われます。申し立てには、医師の診断書や本人情報を揃えて家庭裁判所に提出します。手続きは親族でも可能ですが、複雑な場合は弁護士に依頼することもあります。——法定後見制度と任意後見制度、それぞれどういったケースで活用できるのでしょうか。法定後見制度が特に有効なのは「経済的虐待を防ぐとき」です。例えば、認知症の親の通帳から家族の誰かが勝手にお金を引き出している場合、ほかの家族がそれを止めることは現実的には困難です。しかし、後見人が選任されれば、法律に基づいて財産を適切に管理できるため、このような被害を防ぐことができます。もうひとつの重要なケースは「本人に契約能力がない場合」です。老人ホームへの入居や不動産売却など、重要な契約行為には法律的に有効な判断能力が必要ですが、認知症が進行するとこれが困難になります。後見人が代わって手続きを進めることで、生活に必要な契約を安全に結ぶことができます。任意後見制度は、自分で信頼できる人を選べることが最大の特徴です。将来の不安を感じている方や、複雑な財産管理が必要な方には特に有効です。例えば、不動産を多く所有している地主の方、子どもがいない方、または家族関係に不安がある方などは、元気なうちに検討する価値があります。家族仲が良好な場合でも、将来のトラブルを未然に防ぐ意味で利用を考える方も増えています。——成年後見制度のメリットとデメリットも教えていただきたいです。 メリットは、第三者が入ることで客観的で適切な財産管理が行われ、トラブルを防ぎやすくなることです。特に親族間の関係が複雑な場合、後見人が間に入ることで直接の争いを避けることができます。親族間の対立が深刻な場合は、弁護士など専門職の後見人が選ばれることが多く、中立的な立場から適切な判断を行います。 実際に、親の面倒を見ていた妹に兄が継続的に干渉していたケースで、後見人が入ることで状況が改善されたことがありました。第三者が入ることで、関係者全員がより納得できる形に近づけることができます。一方でデメリットは、制度の性質上、柔軟性が制限されることです。例えば、以前は自由にできていた孫へのお小遣いも、後見人が付くと高額な支出については家庭裁判所への申請が必要になる場合があります。日常的な「ちょっとした贈り物」の自由度が減ることに窮屈さを感じる方も少なくありません。 また、専門職が後見人になる場合は継続的に報酬が発生するため、経済的な負担も考慮する必要があります。——こういった制度があるのを知っておくことは大事ですね。 成年後見制度は「親の判断能力が衰えたら自動的に使う制度」ではなく、「財産と権利を守るための選択肢のひとつ」ととらえることが大切です。「必ずしもすべてのケースで必要な制度ではない」ということも理解しておく必要があります。利用を検討すべきケースは、財産管理に不安がある場合、親族間でトラブルが生じている場合、または重要な契約手続きが必要な場合などです。家族が協力して適切に親を支援できていて、特に大きな問題がない場合は制度を利用する必要はないかもしれません。制度のメリットとデメリットを正しく理解していれば、いざというときに適切な判断ができます。無理に使う必要がない状況で利用すると不便さが目立ちますが、必要な時に適切に活用すれば、大きな被害や問題を防ぐことができる重要な制度です。“そのとき”が来る前に制度について知っておくことで、迷わず最適な選択ができるでしょう。山崎先生の話を聞いて、成年後見制度は「判断能力がなくなったら」ではなく、「お金や契約を守るため」にこそ活用できる制度だと感じました。家族の未来を守るため、早い段階から制度の存在を知っておくことが、何よりの備えになると思います。