相続税は「お金持ちの税金」ではなくなった——相続税は莫大な遺産を残した人だけが対象になると思っていたのですが、そうじゃないのでしょうか。相続税といえば、会社の経営者や地主といった、いわゆるお金持ちと言われる人にしか関係ないものと思われていました。しかし、平成27年の税制改正で基礎控除額が下がったことが、相続税の大きな転換点となったんです。税制改正前の基礎控除額は、「5,000万円+相続人1人につき1,000万円」でした。例えば、配偶者と子ども2人の家庭であれば、財産評価額が8,000万円までは相続税が発生しなかったんです。自宅とある程度の預貯金を持っていても、この枠の範囲内に収まる家庭がほとんどでした。ところが改正後、基礎控除額は、「3,000万円+相続人1人につき600万円」に縮小されました。配偶者と子ども2人という家庭であれば、基礎控除額は4,800万円です。特に都市部では土地の評価額が高いため、住宅地30坪程度で評価額が4,000万円に達することも珍しくなく、そこに預貯金が1,000万円程度あれば、あっという間に基礎控除額を超えてしまいます。東京都(23区内)は路線価が高額で、この傾向がより顕著です。——確かにそうなると、対象となる人は非常に多くなりそうですね。はい。統計資料でも課税対象者が増加したのがわかります。国税庁によると、改正前(平成26年)では、全国で死亡した人の4%程度が課税対象でした。改正後(平成27年)には、全国で死亡した人の8%程度となり、令和5年時点では10%程度で推移しています。土地の価値が高い東京都だと、15%以上という民間の統計資料もあります。普通のサラリーマン家庭でも、都心に持ち家があるだけで相続税が発生する時代なんです。——それは勘違いしている人は多そうですね。ほかにも相続税でよくある誤解はありますか。「財産は基礎控除額以上だけど、特例を受けたら税金がでないから何もしなくていい」と思い込んでいる人が多いなと思います。例えば、小規模宅地等の特例を使って土地の評価額を下げるケースや配偶者に対する税額軽減を適用するケースです。これらは、結果的に税額が0円になったとしても申告をしないと特例が認められません。「結果的にゼロだから何もしなくていい」と思ってしまうと、後でペナルティを受ける可能性もあります。また、「生前に一部を贈与したから相続税はかからない」と考える人も少なくありません。たとえば親が子どもにお金を渡したつもりでも、その後も親が子どもの通帳や印鑑を管理していた場合、形式的な名義変更でしかなく、贈与と認められないケースがあります。税務の世界では「実際に財産が移ったかどうか」が厳しく問われます。贈与を有効にするためには、振込などの記録を残すこと、贈与契約書を作成すること、そして何より子どもが自由にその財産を使える状態であることなどが不可欠です。——つまり「生前に財産をあげるつもりだった」というのは通用しないということですね。はい。例えば「土地を10年前からあげるつもりでいた」と言っても、その時点で登記や名義変更をしていなければ、税務上は贈与として扱われません。贈与は“意思”だけでなく“実体”が伴っていなければならないのです。——ちなみに、相続税は自分で計算することもできるのでしょうか。正直に言って、相続税の計算方法は複雑です。まず、財産の合計額から基礎控除を差し引きます。次に、その金額を法定相続分で分割したと仮定して税率をかけ、総額を算出します。そのうえで、実際の取得割合に応じて最終的な税額を按分する仕組みになっています。単純に「もらった割合に応じて税率をかける」というものではありません。——一般の人が自分で相続税額を計算するのは難しそうですね……。国税庁のホームページに税率表や計算例がありますので、それを元に計算することは可能です。しかし、実際には土地の形状や評価方法によって大きく金額が変わる場合もあります。路線価を基準に計算しても、形がいびつな土地であれば減額が認められることもありますし、逆に角地で評価が高くなることもあります。預貯金や株式の評価も変動しますので、正確に計算するのは専門家でなければ難しいのが現実ですね。「相続税がかかるかもしれない」という心づもりを——「うちは相続税がかかるのかどうか」ということは、早めに知っておいたほうがいいと思いますか。ざっくりとした試算をして「相続税がかかるかもしれない」という心づもりをしておくことは非常に大切です。特に都市部に不動産を所有し、預貯金や金融資産をある程度持っている家庭では、相続税は決して他人ごとではありません。先ほども述べた通り、億単位の財産を持つ家庭だけでなく、預貯金と自宅不動産があるだけの家庭でも課税対象となるからです。——準備をしておくことで安心につながりますね。 その通りです。あと、例えば高齢の親が施設に入る場合、入居費用で預貯金が大きく減ることもありますし、家を売却し、不動産が現金に変わることもあるかと思います。だからこそ、定期的に財産の状況を見直し、「今どの程度の相続税がかかる可能性があるのか」を確認しておくことが重要です。「相続税は自分には関係ない」と思い込んでいると、いざ相続が発生したときに慌てることになります。相続税は“特別な人の問題”ではなく、誰にでも起こり得る身近な問題。基礎控除の引き下げ以降、都市部に不動産を持つ家庭は特に注意が必要です。篠尾先生は「相続税対策というと大げさに聞こえるかもしれませんが、実際には『今の財産状況を把握しておくこと』が最大の対策」と語ります。資産の現状を知っておくだけで、漠然とした不安が解消され、必要に応じて早めに手を打つことができます。相続税は亡くなったときに突然降りかかってくる問題だからこそ、準備の有無で家族の負担は大きく変わるのです。相続税は決して「お金持ちだけの話」ではありません。あなたの家庭でも、都市部に自宅を所有しているだけで課税対象になる可能性があります。早めに専門家に相談し、正しく理解しておくことが、家族の安心と円滑な相続につながるのではないでしょうか。 取材協力:税理士法人かけはし