両親にはお金がなかった。貯金もない。驚くことに年金も受給できていなかった。正直、両親世代だったら、年金で最低限の生活は確保できると思っていたのが、そもそも年金を払っていなかった。それどころか、健康保険も払っておらず、滞納していた。利息が膨らみ、その金額は莫大なものに。それを月々、細々と支払っていた。本来なら、健康保険料などの滞納は何かしらを差し押さえられたりもするのだが、差し押さえるものさえもなかったのだ。それを知ったのは実家じまいのタイミングだった。そういえば、「国にお金を払うのが嫌だ」と昔、父が言っていたのを思い出した。つまり、貯金があるどころか、マイナスなのだ。正直、何も言葉が出ず、搾り出たのが「なんでやねん……」だった。そうなると、子どもたちで養うという選択肢が出てくるが、かなり厳しいものがあった。5人きょうだいだが、うち2人は行方不明。末の弟は事業に失敗して私に借金をしているような状態、となると私と妹で折半して出すのか……? という話が現実味を帯びてきた。ここで葛藤が生まれる。急に両親ふたりを養う金額を捻出するとなると、私たちだって苦しくなる。父親と違って、私も妹も毎月年金も、健康保険料も、住民税も払っているし、将来のために貯金もそれこそ細々としていた。何より、自分たちに暴力を振るい、好き勝手に生き、何も与えずに奪うばかりの父親をなぜ私たちが養わなければならないのだろう。薄情だと言われても、これからの人生は自分のために生きたい。妹も同じ思いだった。そこで、選んだのが生活保護を受けるというものだった。両親共に収入はない。父の体の調子が良くないのでひとりにできないため、母が働きに出ることもできない。「生活保護」という言葉は知ってはいたけれど、とても充実したシステムだった。最低限の生活を保つために必要な金額が国から払われる。家賃の上限は決まっているけれど、それでも屋根と床が落ちた家よりはどこも人らしい生活ができる。生活費はもちろん、医療費も出してもらえる。本人たちにとっても助かる制度だけれど、何より、私たち子どもたちを救ってくれる制度だと思った。そうと決まれば、母が役所に諸々の手続きをしに行けばよいのだけれど、その前に父を説得しなければならなかった。役所の人が家庭訪問などに来たときに、余計なことを言われて受けられるはずの生活保護が受けられなくなっては困る。両親の家を訪れ、父に向かって「収入がない状態なので、生活保護を申請しようと思います」と告げた。父は私をにらみつけた。「離婚するからお母さんだけ受けたらえぇ。俺は受けん」プライドが傷つけられたのだろうなあ、と思った。「離婚してどうするんですか」「この家を出て行って、どこか施設に入る」「そのお金はどこから出るんですか」「とにかく生活保護は受けない」私の隣で母がオロオロしていたけれど、私は腹立たしさと共に笑いがこみあげてきそうだった。好き勝手やってきた結果がこれ。自分で判断したならともかく、娘である私に「あなたは働けないんですよ、稼げないんですよ」と言われたのは屈辱だったに違いない。非常に性格が悪い話だけれど、生まれて初めて少し気持ちがスッキリした。しばらくは拗ねていたようだけれど、父は結局生活保護を受けることを受け入れた。自分でも、もうどうしたらいいのか分からなかったのだろう。自ら生活保護を受けるという判断を下してくれたら見直したかもしれないのに。ちなみに、莫大な健康保険の滞納金は生活保護を受けることによって支払わなくてよくなった。“憎まれっ子世にはばかる”ってこういうことを言うのかもしれないな、と思った。生活保護の話をしてからというもの、私の顔を見るたびに父ににらみつけられるようになったのです。どうやら恨まれてしまったようでした。そして、父とまともに言葉を交わしたのは生活保護について話をしたのが最期となったのでした。