次第に年老いていく両親の姿を見るのが辛いかつて商工業で栄えた街の一角に、今回取材したレイコさんの実家はある。そこに90代前半の父と80代後半の母、そして兄夫婦が住んでいる。レイコさんは現在60代前半。定年退職を機に時間にゆとりができ、以来月に1〜2回、実家へ足を運ぶようになった。仕事にまい進してきたレイコさんにとって、実家を訪れるのは楽しい時間。妻、母という役割から離れ、娘に戻れる時間だ。自宅から両親の住んでいる家までは、片道1時間のドライブ。リフレッシュできる貴重な時間だったはずだ。しかし両親が年老いていくにつれ、実家へ向かう足取りがだんだんと重くなっていることに気づく。楽しみにしていた帰省が、徐々に「両親の世話のための帰省」という目的を併せ持つようになった頃のことだ。父が免許返納をして以降、両親の通院の送迎はレイコさんの兄が担っている。「でも兄にばかり負担がかかっているようで、悪いなと思ってるんですよね」レイコさんは語る。昭和の両親が抱く「人生の美学」という名の譲れないものレイコさんの両親は昭和一桁世代。彼らの行動原理は明快で「最後まで自分たちでやり遂げたい」「子どもの手は借りたくない」そして「畳の上で死にたい」という強い美学を持っている。父は90歳を過ぎるまで自らハンドルを握り、母の病院の送迎を引き受けていた 。周囲がどれほど心配しようとも「自分たちのことは、自分たちでやるのが当たり前」という自負が父を支えていたようだ。母にもまた、足元がおぼつかなくなっても、外では「しっかりした自分」であり続けようとする意地がある。杖や歩行器など、周囲から「年寄り」と思われそうな選択に難色を示す。しかしその美学と現実の間に、次第にずれが生じ始めている。「自分たちでできる」と言いながらも、実際には兄が病院の送り迎えを担っているし、レイコさんもまた、遠くの病院への送迎を引き受けている。どれだけ両親が自分たちだけでやりたいと言い張っても、もはや親の力だけでは立ち行かなくなっているのが現実だ。娘であるレイコさんの目には、その両親の姿は、時に「自分勝手」に映るという。自分たちがどれだけ衰えているかを自覚することなく、子どもに頼っている部分を直視しようとしない両親。理想とする「自立した親」を演じているような姿は、一歩間違えば、この先、周囲にかかる迷惑への想像力を欠いているようにも見えるからだ。しかし親にとってはそれが「生きる張り合い」であり、最期まで保ちたい「自分の生き方」なのだということも、レイコさんは理解していた。きょうだいの間に流れる「踏み込めない」空気この家族には、同居する兄と離れて暮らすレイコさんというふたりの「子」がいる。はたから見るふたりの関係は良好。これまで表立ったトラブルはなく、子どもたちが幼い頃は家族ぐるみでよく旅行に出かけていたという。義姉との関係も良好で、子育ての悩みや喜びを共有してきた仲。しかし親のこととなると勝手が違うらしく、義姉から親のことで相談を持ちかけられることもなければ、レイコさんから義姉に悩みを打ち明けることもない。両親の介護や、その先の「最期」をどう迎えるかという核心的な話題になると、途端に言葉少なになるレイコさん。お兄さんも自分もあまり口数が多いほうではない。「もともとそんなにいろんなことを掘り下げて話すきょうだいじゃなかった」と自身のこれまでを振り返った。「おそらく兄夫婦は、今の生活に満足していないと思うんです」レイコさんは、同居して両親を支える兄夫婦の心中を推し量る。四六時中、お世話が必要な状態ではないが、ここ1年の間に、日常のちょっとした場面でのサポートが両親ともに必要となってきた。「私としては、兄夫婦が今の生活をどこまで続けてくれるのか……。でも私の願いと兄たちの本音は一致していないかもしれないと思うと、怖くて聞けないんです。だからせめて負担を和らげようと実家に通う回数を増やそうかなと」最期まで自分の家で暮らしたいと考えている両親と、その気持ちを誰よりも理解しているレイコさん。でも実際に同居しているのは兄夫婦であり、妹として、また娘としてどう振る舞ったらいいのか悩み続けている。本音を打ち明けてほしいと願いながら、先延ばしにする理由 兄夫婦に負担がかかっているのであれば、打ち明けてほしいとレイコさんは願っている。しかし一方で、レイコさんが最も恐れているのは、話し合いの場で兄の「本音」が露呈してしまうことだ。もし自分が口を開いたことがきっかけで、兄から「もう限界だ」「施設を検討しよう」という具体的な言葉が出てきてしまったら。それは両親の「最期までこの家で」という願いを、子どもたちの手で終わらせることを意味する。その重い責任を自ら負うのが怖い。また同居して日々を支えてくれている兄にその役割を強いるのが酷だとも感じ、レイコさんはつい自分に言い聞かせてしまうのだ。「今日じゃなくてもいいよね。また次に来たときでいいか」と。きょうだいであっても、親のお金や相続、介護や看取りといった「核心」を共有するのは難しい。ましてやレイコさんたちきょうだいには、もともと互いの心の内を話す習慣がない。かつては親密な時間を共有してきたにも関わらず、大人になり、それぞれの生活を営むなかで、いつしか踏み込んだ会話を避けるような距離感が生まれていた。親という存在を介して家族として機能していた歳月が長かったのかもしれない。親亡きあと、自分たちはどう繋がっていくのか。その未知の不安が、今、核心を突くための勇気をさらに鈍らせているのである。あえて「話し合わない」という選択の背景にあるもの一般的には「家族でしっかり話し合いましょう」という言葉が、介護における正解とされることは多い。しかし、レイコさんの取材を通じて見えてきたのは、あえて「今は話し合わない」という選択が持つ意味である。親の「家で過ごしたい」という願いを知っている以上、それを奪うような提案を自分からはできない。兄夫婦の本音に触れることで、今の平穏を揺るがすような一石を投じるかもしれないと思うと足がすくむ。家族での話し合いが進まない背景には、どこか「切り出した者が重い責任を負う」という恐れのようなものが広がっているのではないだろうか。レイコさんはこのまま、あえて決定的な話し合いを持ちかけず、親の状態がさらに変化する「そのとき」が来るまで、静かに見守ることを決めた。これは諦めではなく、今の平穏を一日でも長く維持しようとする覚悟だ。親のプライドを傷つけず、きょうだいの連帯を守るために。気持ちが揺れ動くなかでも、彼女はあえて不確かな現状にとどまることを選ぶことにしたのである。スマートな終活、生前整理に憧れながらも取材の終盤、レイコさんにこう尋ねた。「レイコさんご自身は年老いたときに、お子さんたちとどう関わっていきたいですか」 レイコさんは、かつて「自分の子どもには絶対に迷惑をかけたくない」と強く思っていたという。周囲の友人たちも口をそろえてそう言う。しかし自分勝手とも思える親の姿を間近で見続け、その奔放さに振り回されるなかで、彼女の心境にひとつの変化が訪れた。親から迷惑をかけられるのは、家族として関わり合っている証拠ではないか。自分もまた、どれほど準備をしても、結局は子どもに何らかの迷惑をかけてしまうかもしれない。「子どもに迷惑をかけないように」という思いもうそではない。でも心のどこかで「もし迷惑かけちゃったらごめんね、よろしくね」と思えるようになったとき、彼女の心は少しだけ軽くなったという。「子どもに迷惑をかけない親」がどこかスマートで称賛される社会の空気がある。確かに親が生前のうちに自分の人生の始末をつけておいてくれたなら、子どもとしてありがたいのは事実だろう。しかし「迷惑をかけないように」と恐れから動くのは、家族のことを思っているようでいて、実は家族を信頼していない証拠だとも言える。年をとったら誰もが周囲に迷惑をかけてしまう可能性がある。自分がどれだけ「こういう最期を迎えたい」と願っても叶わないことはある。だからこそ、今のうちから子どもと心を通わせておく。それが両親を見守り続けた彼女がたどり着いた、新しい老後へのスタンスかもしれない。 結論に代えて――自信のなさを抱えて歩むレイコさんは「親の世話に関して、自分のやっていることにまったく自信がない」とこぼした。正解がわからないまま、父と母のわがままとも言える暮らしに付き合い、兄の顔色をうかがいながら、実家へと通い続ける日々。しかし、その「自信のなさ」こそが両親を思い、家族の形を必死に守ろうとしているレイコさんならではの愛のように感じる。派手な解決策はない。劇的な話し合いも行われない。それでも彼女は今日もまた実家の玄関を開ける。いつか来る「そのとき」に、家族みんなが「幸せだったね」と言い合えるように。それが彼女の唯一の願い。決定的な言葉を交わさずとも静かな伴走は続いていく。