そんな人に読んでほしいのが、音楽プロデューサーで作詞家、エッセイスト、ラジオパーソナリティなど数々の肩書を持つジェーン・スーさんの『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書)だ。“介護未満”の具体例として挙げられているのは、以下のようなもの。要介護認定されるほどではないが、足腰と記憶力が弱り、自分ひとりでは回せなくなった自分で入浴はできるが食事は作れない。洗濯はできるが掃除はできないパートナーが家事全般を担当していた場合、残された人はなにをやってもらっていたかすらわからない状況になる、と言う。私の父は通りいっぺんの家事はできる人だが、もう少し年老いてから母がいなくなったら、思わぬところに“穴”が現れるかもしれない。本書はそうした“介護未満”の“あるある”を丁寧に拾い上げながら、ジェーン・スーさんがいかにして向き合っていったか、具体的なトライ・アンド・エラーの軌跡を見せてくれる。介護の体験記なるものは世の中にたくさんあるが、本の大きな特徴は物語としておもしろいだけでなく、「できるだけシステム化して、ビジネスライク」な方法が紹介されていることだ。たとえば、“父”の生活のサポートをすることになったとき、ジェーン・スーさんが真っ先に手に取ったのは、なんとビジネス書。諸問題をビジネスタスクに見立てA4コピー紙に図解として落とし込む。課題と書かれた四角には「毎日の食事」と記し、解決案の四角には「宅配弁当・冷凍食品を使った簡単な炊事を覚えてもらう」と記すといった具合。また、「父のできること/できないこと」を可視化するために、縦横に線を引いたマトリクス表を作成し、左上のスペースには「できること」右上には「できないこと」、左下には「危ういこと」、右下には「頼みたいこと」と記す、という実践も紹介されている。そうすれば、「頼みたいこと」を請け負ってくれる業者を探しやすい、というわけだ。このようにまるで“仕事”のように、淡々と“タスク”を進めていった過程が丁寧に描かれる。図解や実践したことの箇条書きも多く、読者がすぐにマネできるような形式になっているのもありがたい。一方で、「親子という間柄なのに、こんなにもドライに接していいのだろうか」と躊躇う人もいるかもしれない。実は「ビジネスライク」をとことん意識したことには理由がある。それは“お世話をする側”と“お世話をされる側”の気持ちがぶつかり合わないようにするためだ。本書では、“お世話をする側”である子どもがストレスで潰れずに、親の生活のサポートを続けるための心構えについても教えてくれる。特に秀逸だと思ったのは、“父”のケアを「終わらないフジロックフェスティバル」に、父を「ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガー」だと思うようにした、という話。相手が往年のビッグアーティストだと思えば、言うことがコロコロ変わっても、真正面から咎めるような気持ちにはならない。逆に、父にも「お世話される側ではなく、プロジェクトメンバーとしての当事者意識をもって取り組んで欲しい」と伝えることもできる。実際に、このように伝えたことで、「父の意識がここからハッキリ変わった」という。介護はもちろん、子育てやビジネスのマネジメントにも生かせそうなティップスだ。ちなみに、以前紹介した本に、親を猫にたとえて介護のノウハウを伝えるものがあった。親子という間柄だからこそうまく向き合えないというときは、「猫」なり「ミック・ジャガー」なり、自分が敬意を持って接せられる対象に見立てて、良い意味で距離を置くことが大切なのかもしれない。ここまで“介護未満”のプロジェクトを運営するヒントを中心にお伝えしてきたが、さすがは楽曲やラジオ、エッセイなどさまざまな媒体で多くの人を魅了し、励ましてきたジェーン・スーさんのこと。物語としてもおもしろい。これから本書を読む人のために詳細は割愛するが、“父”が可愛がっていた文鳥が逃げ出してしまったときのエピソードは、笑ってはいけないにもかかわらず、思わず顔をほころばせてしまった。ジェーン・スーさんの当時の心境を想像するだに肝が冷えるが、それをおもしろい話として昇華してくれるところに、読者へのサービス精神を感じる。一方で、気丈にも“おもしろおかしく”実体験とノウハウを語ってくれた本編とは異なり、あとがきでは、「まだ本格的な介護も始まっていないというのに、あと何年、これが続くのだろう? と思ってしまうことがある。長生きはしてほしいが、父が百歳を超えたら今度は老老介護になる。それを考えると気が滅入るので、できるだけ考えないようにしている」とも語る。しかし、そうした“正直な気持ち”の吐露もまた、読み手である私たちを勇気づけてくれる。さらにジェーン・スーさんは、「自分がどんな老人になるかはわからないが、父が見せてくれる『老い』を引き続きつぶさに観察していこうと思う。それが、追々自分の老後に役立つと信じて。」と結ぶ。誰しもいつかは老いるのだ。親が本格的な介護に入る前の“介護未満”の時期は、自分が老いていくための準備期間。そう捉えると、いくらかは前向きになれる気がする。出典:新潮新書『介護未満の父に起きたこと』ジェーン・スー著(2025年8月20日発売)