終活は一人でやるものじゃなくて“一緒に考えるもの”——「終活」という言葉自体に、少し身構えてしまう人も多いと思います。御社が提唱されている「家族終活」は、どんな思いから生まれた考え方なのでしょうか。塩原さん(以下、塩原):2018年に会社を創業して以来、相続手続きWEBサービス「そうぞくドットコム」をはじめ相続や終活の領域に関わってきたのですが、多くの方がこの領域に対して負のイメージを抱いているのを実感してきました。だからこそ、相続や終活の話をすることに対しておっくうになっていたり、タブーに感じたりしている。それがすごく嫌だなと思っていたんです。——その中で「家族終活」という言葉が生まれたんですね。塩原:相続手続きのサービスを運営する中で、残された遺族側の皆さんに接する機会がたくさんありました。終活というと「本人が何を準備するか」に目が向きがちですが、実際に手続きを進めるのは残された家族なんですよね。それなら生前から終活を一人の問題にするのではなく、遺す人と遺される人、つまり「家族」が当事者意識を持って話すべきだと思うようになりました。——「終活は“めし”からはじまる」というプロジェクトは、「終活」と「めし」が結びつく発想に少し驚きました。この形にたどり着いた背景には、どんな思いがあったのでしょうか。塩原:終活って堅い言葉だし、エンディングノートを書こうとか、専門家を入れて話し合おうとか言われますよね。ネットで終活について調べると、何を整理するかとか、どういうことをすべきかみたいな情報はたくさんあるんですけど、そもそも家族でその話し合いの場をどうやって設ければいいかという情報がない。だから「何をすればいいかわかるけど、うちの親とこれ面と向かっては話せないな」ってなるんですよね。実際、自分自身も、帰省したときに面と向かって終活の話をするかというと、しないんです。でも、両親と食事に行ってお酒も飲みながら話すと、結構本音で話せたりするんですよね。自分自身の経験からも「終活の話をするのもやっぱり"めし"じゃない?」と思ったんです。親に「焼肉おごるよ」って言ったら多分喜んで来てくれるし、おいしいねって言いながら話が発展していくことって全然あるんじゃないかなと思ったのがきっかけです。——確かに、わたしもそういう経験ありますね。このプロジェクトを企画したときに、大事にしようと決めていたポイントはありましたか。塩原:食事の場を用意して全部をフリートークにしてしまうと、本当にご飯を食べて終わりになってしまう可能性があるので、弊社の田中がモデレーターとして質問をするパートと、自由に話していただくパートを分けるようにしました。田中さん(以下、田中):直接家族に言いづらいことも、モデレーターを通して話すことで家族に伝わるという形が成立しました。途中から私が席を外して親子だけで話していただく時間も設けることで、さらに会話が深まったと思います。「おもんぱかり」の先にあった、お互いの本音——「終活は"めし"からはじまる」は第2弾まで実施されていますが、第1弾はどのようなご家族で食事会を実施されたんですか。田中:50代のお母さまと20代の息子さんの親子でした。お母さまは実家を相続されていて、その家を息子さんにも引き継ぎたいと思ってはいるけれど、その話を直接できないでいたんです。わたしが投げかけた「息子さんに対して引き継がせたいものはありますか」という質問に対して、お母さまは「本当は引き継がせたくないんです」と本音でおっしゃったんです。ご自身が相続ですごく苦労されたので、「お墓も自分で閉じて、何も滞りなく終わらせたい。もめごとの原因になるようなものは遺したくないんです」と。それは本当に親の愛だなと思いました。——その場で、お母さまの本音をはじめて聞いた息子さんは、どんな表情をされていましたか。田中:とても驚かれていました。「そんなふうに考えて、自分だけでやろうとしていたんだね」と。その言葉のやりとりがすごく印象的でした。息子さんは、もともと相続のことをもっと先のことと考えていたんですが、「母が大事にしているものであれば引き継ごうと思っている」とおっしゃったんです。お母さまがずっと抱えていた「息子には負担をかけたくない」という思いを、息子さんがはじめて知った。そのこと自体がすごく大きな瞬間になったと思います。塩原:仲がいい家族ほど、親って「子どもに迷惑をかけたくない」と思うんですよね。でも遺される側からしたら、「いやいや、大事なものだったらちゃんと遺してよ」という思いを持っていることもある。親と子それぞれの思いをお互いが知ったうえで、じゃあどうするかを一緒に考えることがすごく大事だと思っています。田中:実は昨年の8月に自分の母が亡くなったのですが、母も「迷惑をかけたくない」というタイプで、何でも自分で決めて事後報告をされることが多かったんです。それがすごく悲しくて。親の思いを尊重したかったし、話してほしかったという気持ちがありました。だからこそ、こういう親の思いを知る機会は貴重だと思いますね。——その場で結論まで出さなくても、話してお互いの思いを知るだけでもすごくいい機会になりますよね。第2弾はどのようなご家族で食事会を実施されたんですか。田中:50代のご両親と20代の娘さん2人の、4人家族でした。お母さまがご自身の実家を相続されていて、今は空き家になっているんですね。その家を娘さんたちにも引き継いでほしいという思いがあるけれど、住居も異なり毎日顔を合わせる頻度は少ないため、直接は話せていないという状況でした。食事会でお母さまにうかがうと、「両親が残してくれた唯一の財産なので売りたくない。できれば娘たちにも相続してもらえたら」とおっしゃっていて。一方で娘さんたちは「正直、まだ自分のことだとは思えていない」という反応だったんですが、「母の大切な思いがある家だから、ちゃんと考えたい」という言葉も出てきました。お母さまは「娘たちがどう思っているか、それが一番の心配だった。一緒に考えていけると知れて安心しました」とおっしゃっていたのが印象的でしたね。%3Csmall%3E%E5%AE%9F%E9%9A%9B%E3%81%AE%E9%A3%9F%E4%BA%8B%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%A7%98%E5%AD%90%3C%2Fsmall%3E——食事会の様子で印象に残ったことはありますか。 田中:お話を進めていく中で、長女の方がお父さまにすごく気を遣っているのが感じ取れたんです。お父さまを傷つけまいとして、言葉数が減っている。大事にしようと思うあまりに言葉にしない。相手のことを慮る(おもんぱかる)がゆえに、かえって会話が進まない部分があるんだなと感じて、後日まとめたレポート記事にも「おもんぱかり」という言葉を使いました。——その「おもんぱかり」がほどけた瞬間はありましたか。田中:ご両親に「どういうポリシーでお子さんを育てていたのか」をうかがったときに、娘さんたちは「こんなにも私のことを考えてくれていたのだ」とおっしゃっていたんです。厳格な教育の裏にあるご両親の思いを聞いたときに、「そういうふうに思っていたんだね」「はじめて褒められた」という言葉が出て、そこから会話量が増えていきました。本当は本音で話したいのに、お互いが腫れ物に触るように避けていた部分があったのかもしれませんね。どちらのご家族にも共通していたのは、親御さんが「迷惑をかけたくない」という思いを持っていたことです。でも子ども側は「自分が受け継いで大事にしていきたい」という前向きな気持ちを持っていた。お互いが気を遣って話ができていなかっただけで、きっかけさえあれば話が進むこともあるんだなと感じました。うまくいかなくても、話すことに意味がある——終活に対するイメージがネガティブだからこそ「親がまだ元気だから、今じゃなくてもいいのでは」と思ってしまう人も多いと思います。それでも、元気なうちに話すことにはどんな意味があるのでしょうか。塩原:現実問題として、親の認知能力が下がっていくと、法的にできることが限られてくるんですよね。そしていざ親の介護や相続が始まると、「前もってやっておいた方がよかったこと」が急に「やらなければならないこと」になるので、人はすごく重く感じるんです。だから親が元気なうちに行動することが大事だと思います。「子どもが成人したら親と終活の話をはじめる」くらいの感覚でいいんじゃないでしょうか。——もし、話し合いがうまくまとまらなかったとしても、その時間自体に意味はあると思いますか。田中:意味はあると思いますね。何も話さないまま親が亡くなって、遺された家族だけで決めると、どうしても遺恨が残りやすい。たとえ話し合いがうまくまとまらなかったとしても、「話したけど無理だった」という経験があれば、まだ覚悟を決められると思うんです。だから話すというステップ自体が大事なのかなと思います。——「うちは関係性が良くないから話し合うのは難しいかも」と感じている人に対しては、どのようにコミュニケーションを取るといいと思いますか。塩原:語弊を恐れず言うと、本当に憎み合っている家庭は、それはそれでいいと思っているんです。極論ですが、互いに弁護士をつけてしっかり話し合えばいい、他人がどうこういう話しではない。ただ、日本の多くの家族はそうじゃなくて、お互いを「おもんぱかっちゃう」タイプだと思うんですよね。親としばらくちゃんと話していないけど、お互い本当は話したいと思っている。そういう人たちに対してきっかけを作りたいですね。そもそも「家族終活」という考え方自体が、対立構造を生むのではなく、家族みんなで同じ方向を向こうという話なんです。相続の遺産分割協議とかだと、お互いが権利を主張してバトルがスタートする、みたいなイメージになりがちですが、そうではなくて「一緒に家族としてどうしていくのか」という視点で話せる環境をつくりたいなと思っています。終活は、子や孫から始めてもいい——「終活は“めし”からはじまる」という企画は、今後どのように展開していく予定ですか。塩原: 「終活は"めし"からはじまる」という企画は、いろんな形に転用できると思っています。ご飯で話し合える家族もあれば、温泉でのんびり語り合える家族もあれば、早朝のウォーキングや犬の散歩で会話が弾む家族もありますよね。こういった親子が向き合って話しやすい場を用意するということを、今後もどんどんやっていきたいです。田中:こういった取り組みだけでなく、終活を終わりの準備という認識から、これからのことを家族で一緒に考える前向きな時間と捉えていけるような活動をしていきたいですね。——今後、「家族終活」という考え方がどう広がっていくといいと思いますか。塩原:家族終活の肝は、30〜50代くらいの子世代・孫世代の行動喚起だと思っています。私たち世代だと、祖父母が存命の場合も多いので、親が終活におっくうになっているなら、孫から積極的に進めていってもいい。一番情報感度が高くて、いろいろな情報を入手できるのが孫世代の強みだと思いますしね。子や孫が応援して一緒に進めていく終活の形があってもいいんじゃないでしょうか。終活は、何かを決めたり整理したりする時間というよりも、お互いの思いを知る時間なのかもしれません。塩原さんと田中さんのお話をうかがいながら、わたし自身も、親にどう切り出せばいいのだろうと考えていました。いきなり「これからのことを話そう」とは言えなくても、「ごはん行こうか」なら言える気がします。「終活」という言葉が重たいなら、ただ一緒にごはんを食べるところからでもいい。きちんと向き合おうとするほど構えてしまうけれど、何かの“ついで”なら、少しだけ本音に近づけるのかもしれません。あなたは家族と、どんな時間でこれからのことを話したいですか。 取材協力:株式会社AGE technologies