遠距離介護は、ある日突然、幕を開けた「もしかしたら、私、今晩入院することになるかもしれないからね」2023年のクリスマスイブ、岡山に住む母から電話を受けたCさん。「入院するなんて聞いてない!」驚くCさんを気に留める様子もなく、母は電話を切った。Cさんの実家は、母と父のふたり暮らし。腰を痛めた80代の父を母が介助しており、母が入院すれば父の生活は即座に立ち行かなくなる。なのに、母はまるで他人事のように「今晩入院になるかも」と言い放ったのだ。Cさんの暮らす福岡から実家の岡山までは、新幹線で片道3時間。「じゃあ、私が行くよ」すぐに動けない自分をもどかしく思いながら調整に走る。すぐさま実家近くに住む妹に父のフォローを依頼。案の定、母は父に入院の可能性を告げずに出かけていた。母に悪気はない。けれど、決定的に「自分以外の誰かの命を預かる責任」を負いきれなくなっている。この騒動を通じて、Cさんや妹は母に父の介護を一任することは不可能だと確信した。その後しばらくして、父は施設に入居することに。父が施設に入ったことで、母は安堵したのだろうか。ずっと我慢をしていた膝の痛みを訴えるようになり、手術。短期間ではあるが歩行が不自由な時期を過ごした。またこの頃から、もともと苦手だった公的な手続きのために娘たちに手助けを求めることが増えた。さらに最近では、物忘れなどの認知機能の衰えも目立ち始めている。自宅で心身ともに不安定さを増していく母のケアと、施設に入所した父のサポート。月に1度、両親の介護のために帰省する暮らしが始まった。独特な感性を持つ母のもとで育った姉妹なぜ母は、入院という大切なことを直前まで黙っていたのか。それは母が「ひとりで父の介護を抱え込んでいたから」ではない。むしろその逆で、そこには母の独特な気質があった。母には「世間の普通」が通用しない。年齢を重ねたからではなく、生まれ持った母の気質がそうさせているとCさんは語る。母は、自分にとって不都合なことや面倒なことには驚くほど無頓着なのだ。父の要介護認定の書類を前に「私にはできない」と開き直り、福祉関係の打ち合わせがあれば「私はわかんないから、あんた来て」と福岡のCさんを躊躇なく呼び寄せた。自分ができないことを「恥ずかしい」とは思わず、周りがやってくれるのが当たり前。そんな母にとって、入院の連絡が遅れたのも、単に「自分がいつ言うか」という気分だけの問題だったのだろう。しっかり者の妹は、そんな母の気質を理解しつつも、甘えだと感じる部分は正論で対峙する。一方のCさんは「お母さんは、そんな人よね……」と諦めムードだ。妹が母に振り回され心を削られそうなとき、遠方のCさんが「まあまあ」と間に入る。その逆のパターンのときもある。この絶妙な役割分担が、わが道を行く母との関係を破綻させることなく、親との関係を続ける重要な仕組みとなっているのだ。1泊2日の強行スケジュール1泊2日の実家滞在。そのスケジュールは分刻みのタスクで埋め尽くされる。1日目は、自宅にいる母のサポート。銀行、役所、そして食料の買い出しに走る。ネットスーパーを活用するとなれば、その登録や手続きはもちろんCさんの役目。2日目は父のサポート。朝8時、施設に入所している父の通院のため、病院に早めに到着し、施設側からの送迎を待つ。そこから診察の付き添いだ。大きな病院の受診は待ち時間が長く、検査や会計を終える頃には、昼はとっくに過ぎている。その後、1時間以上かけて父の施設に戻ると、処方された2週間分の薬の仕分けが待っている。お薬カレンダーにセッティングするまでがCさんの役目。父は何種類もの薬を服用しており、なかには厳重な管理を必要とする特殊な薬もある。今のところは処方薬局などでの有料サービスも見当たらない。全てのタスクを終えて新幹線に乗り込むのは、いつも18時過ぎ。福岡の自宅にたどり着くのは深夜10時を超えることも多い。翌朝にはまた、福岡での「母」「妻」としての日常が待っている。遠距離介護の代償。誰が何を担うのか。現代の介護において最も重い負担のひとつは、肉体的な労働以上に、日中の「細かな調整と意思決定」を誰が担うかという問題なのかもしれない。実家近くに住む妹は、責任ある立場で働く正社員。職場に介護休暇制度はあっても、実際に取得できる日数は限られており、何より日中の勤務時間は連絡がとりづらい。一方のCさんはフリーランスということもあり、比較的、業務量や時間の調整がしやすい。そのため「連絡係」は、必然的にCさんの役目となった。福岡の自宅にいても、母は不安になるたびに電話をかけてくるし、ケアマネジャーからの報告も絶えず届く。「私も動かなくては」その気持ちが彼女を駆り立てるが、現実は過酷だ。新幹線に揺られる往復6時間、そして実家への滞在。移動時間に少しでも仕事を……と考えた時期もあった。しかし帰路の新幹線では介護から離れた解放感と疲労感で動けなくなる。すきま時間にサッと仕事を片付ける。そんな馬力は、Cさんには残っていなかった。「このままじゃ、うちが破産しちゃうんじゃない?」さらなる代償は、介護に伴って「消えていくお金」だ。福岡から岡山への往復交通費は約3万円。当初は「親のためだから」と捻出していたが、介護が定期化、長期化するにつれ、それも限界を迎えた。フリーランスとして働く彼女にとって、月に1度の帰省は、得られるはずの報酬を喪失する時間とも言える。会社員のように制度に守られているわけではない彼女にとって、親への情愛とはまた別の、生活者としての切実な焦りが生まれていた。夫から「このままじゃ、うちが破産しちゃうんじゃない?」と言われたこともある。それを冗談と受け流すにはあまりに現実味を帯びていた。現在は、交通費のみ両親から出してもらう形をとっている。だが、本来稼げているはずの時間に稼げず、家を空けて夫や子どもたちに負担を強いている自分への申し訳なさは消えない。親を支えているのではない、妹をひとりにしたくない「妹がいなかったら、私はとっくに潰れていた」取材中、Cさんは何度もそう繰り返した。なぜ、これほどの代償を払いながらも、両親の介護に力を注ぐのか。そうCさんに問うと、しばらく考えたあとCさんはこう答えた。「私がやらなかったら、介護の負担はすべて近くに住んでいる妹にいくと思うんです。それだけは避けたい。どちらかが倒れたら困るから」Cさんの頭にあるのは、両親よりも妹のこと。妹が疲れていないか、我慢を溜め込んでいないか。それが最大の気がかりであり、自らを奮い立たせる理由だ。姉妹どちらかが母と真っ向からぶつかり、どちらかが柔らかく受け流す。「この親を相手にするには、ひとりでは絶対に無理だ」そんな確信が、ふたりの結束をより強固なものにしている。密に連絡を取り合い、愚痴をこぼし合う。それは理不尽な母のもとで自分たちを守り抜くために、幼い頃から姉妹が編み出してきた生存戦略なのかもしれない。実は、Cさんにはもうひとつ不安がある。遠距離介護がスタートした時期と重なるように、メンタルの不調が強まった娘のこと。受験を前に、ただでさえ不安定になりやすい時期、Cさんが帰省するたびに寂しそうな表情をすることもあるという。娘、姉、母、妻、そして社会人としての自分。いくつもの役割を背負いながら、新幹線で往復する日々をなんとか続けられているのは、Cさんから妹への“祈り”にも似た想いがあるからだ。Cさんが、誰のケアでもない「自分としての自分」に戻れる時間は、まだ当分先になりそうだ。でも、隣にはいつも同じ景色を見ている妹がいる。それが今とこれからの彼女を支える光なのかもしれない。