親と大事なことを話せない。その実感がオヤシルの原点大井:まず、オヤシルを立ち上げたきっかけをうかがいたいです。武田さん:きっかけはお寺なんです。ファスティングとお坊さん体験ができる、静岡のお寺の7日間プログラムに参加して。個人事業主として働いていたタイミングで、ちょっとデトックスしようかなと思って行ったんですが、最終日の座禅のとき、「自分は介護や福祉の領域に関わる気がする」という直感が来て。大井:それって、何かが降りてきた、みたいな感じだったんですか……?武田さん:まさにそんな感じです(笑)。説明不可能な感覚でした。介護や福祉の領域はこれまでのキャリアでまったく関わったことがなかったんですが、理由や根拠がないからこそ、余計大事にしたほうがよさそうだと思ったんですよね。その後、ボーダレスアカデミーに入ってこのテーマを深掘りしていくと、自分が母子家庭で育ったこと、母が大切だという気持ちが浮かびあがってきて。「親がもしものときのことをどう考えているか知らずに介護に直面したら、自分はつらいかもしれない」と思ったんです。でも、直接聞くのは簡単じゃない。第三者が代わりに親の話を聞いてくれたら、「聞いておけばよかった」という後悔ではなく「聞けてよかった」という世界が作れるんじゃないか——そういう着想を得て、創業に至りました。大井:武田さん自身も、お母さまともしものときの話をするのは難しいと感じていたんですね。武田さん:そうなんです。親に「もっと運動したら?」「趣味を作ったら?」と話すことはできても、「お母さんにとって何が幸せ?」とはなかなか聞けなくて。「自分自身もこのサービスのカスタマーでもある」という気持ちで向き合っているところもありますね。親子だからこそ、大事な話がしにくい大井:武田さんと同じように「大事なことほど親に聞けない」と感じている方ってすごく多いと思うんですが、それってなぜだと思いますか?武田さん:親子という関係が、生まれたときからずっと固定化されているからかもしれません。もしものときの話というのは、「子どもを育てる」という親の立場から引き剥がされるような話題かもしれないですよね。例えば介護が必要になった場合、子どもが親のお世話をする立場になってしまうわけですから。子ども自身も「親ではない親の姿」を見たことがないから、本当のところは聞きたくないという気持ちもある。最期まで生き生きとしていてほしいし、もしものときなんてできれば起こってほしくない。これまでの親子関係を崩すかもしれない話題に踏み込む怖さがある。もちろん話したい気持ちはあるし、必要性も感じている。でも親子の長い関係性がちょっと脅かされるような話題なんじゃないかなと思うんですよね。大井:確かにそうかもしれないですね。大井家は親からこういった話題を切り出すことがもともと多いので、私自身はもしものときの話をするのが難しいと感じたことがあまりないんです。でも、親子関係の近さにかかわらず「こういう話はうまく切り出せない」という話をよく聞くので、どうしてなんだろうという疑問がずっとあったんですよね。武田さん:「話せない」というのは、意地悪とか無関心からじゃなくて、「関係性が大事だからこそ崩したくない」という気持ちが根っこにあるんだと思うんですよね。話し合える土壌って、意識してつくらないとなかなかできないものだと思っていて。大井さんの親御さんはもしものときのシミュレーションをされていたから、言葉にして伝えることができていたのかもしれないですね。大井:もしかしたら、祖母が認知症になったことや亡くなったあとで苦労した経験があったので、親が「子どもたちにはこんな思いをさせないようにしよう」と思ったのかもしれないです。そういう体験があるかないかというのも、大きいのかもしれないですね。「縁起が悪い」の裏にある、親の“まだ考えきれていない”気持ち武田さん:もしものときの話を話せていない割合でいうと、実は厚生労働省のACP(アドバンス・ケア・プランニング)の調査では7割ぐらいの人が「一度も話していない」というデータがあるんですよね。話せていない理由として私が一番大きいと思うのが、もしものときの話をする際に「親御さん側にまだ意思が育まれていないんじゃないか」ということです。大井:なるほど。子どもが親にもしものときの話を切り出したら「そんな話をするなんて縁起が悪い」と親に言われたという話もよく耳にするのですが、今の話を聞いて、もしかしたら親側が「まだ気持ちの面で準備ができていない」という裏返しの言葉なのかもしれないと思いました。武田さん:そうだと思います。「そんなこと聞かれてもまだわからない」という気持ちを、縁起の悪さでごまかしている部分もあるかもしれないです。子ども側が「答えを知りたい」と思って聞いても、親はまだ全然答えがない。聞かれても「そんなこと聞かれてもわからない」となってしまう。お互いの「聞きたいこと」と「話せること」がずれているんです。大井:そうなると、子ども側だけが準備を進めていくかたちになりかねないですよね。最近、子世代に向けて親や実家にまつわる情報が多く発信されるようになって、そういった知識がある子ども側だけがどんどん動こうとする。そうなると、親が置いてけぼりになってしまいますよね。武田さん:知識やリテラシーだけで決めていいものではないのに、子どもだけで進めてしまっているということになりかねないですよね。個人的に、親や実家の将来を考えることは結婚と似ていると思っています。複数人で意思を決定していくことなので、カップルでゼクシィを読みながら一緒に結婚について考えていく営みが必要だと思うんです。子どもだけで親の将来のことを進めてしまって、後悔しないのかということが気になりますよね。大井:うちの母も、祖母が認知症になって娘である自分がいろいろ決めないといけなかった場面があったんですよね。施設に入れてよかったのか、延命治療をしなかったけどそれでよかったのかとか、もしかしたらいまだに後悔していることがあるかもしれません。だからこそ、自分が元気なうちに私にいろいろ話しておいてくれているんだと思いますね。子どもとして選択肢や知識を知っておくことは大事だけれど、それがそのまま自分の親や実家に当てはまるとは限らない。だからこそ、親子で一緒に考えていく必要があるんだなと思います。第三者が入ると、親を“ひとりの人”として見られる大井:オヤシルインタビューは、プロの聴き手が子どもの代わりに親の過去・現在・未来の話をじっくりうかがい、映像と文章にして家族に届けるサービスですよね。親子の話に第三者が入ることのメリットは、どういったところにあるのでしょうか。武田さん:まずは、イライラしないということ。子どもにとっては「その話はもう何十回も聞いた」という話でも、第三者なら聞く体力を消耗せずに受け取れますからね。あと、子どもではない第三者に聞かれたほうが、親が本心を語りやすいこともあるんですよね。第三者からインタビューを受けるというかたちだと、親御さんが「自分自身のことを話す時間だ」という気持ちになりやすいんですよね。子どもにとっても、第三者を通して親の話を“眺める”ことができるというメリットがあります。面と向かって親と話していると、聞いた内容にすぐ反応しないといけないですが、距離を置いて見ることで親の言葉にある背景を見つめ直すこともできるんです。大井:印象に残っているエピソードはありますか。武田さん:仲があまり良くなかった父子のケースですね。高校生のころに父親の会社が倒産したそうです。倒産してから父親が家族に当たることがあったらしく、息子さんは大学を機に実家を出て、以来ほとんど深いコミュニケーションを取っていないという関係でした。現在、父親は60歳を過ぎても借金を返済するために夜勤をしていて、「どこかで倒れてしまうんじゃないか」と息子さんは心配していたんです。でも今の状況や将来をどう考えているのかは、面と向かっては聞けない、ということでオヤシルを利用されました。インタビューでお父さまが泣きながら話してくれたのが、「息子が自分のことを知りたいと思ってこういう機会を作ってくれたことが嬉しい」ということでした。インタビューを通じて、倒産時の葛藤や詳細なエピソードだけでなく、もう家族に一生恨まれてもしょうがないと思っていたこと、誰にも迷惑をかけないよう借金を自分で返しきろうと夜勤もやっていたことを、息子さんは初めて知ったんです。そこから息子さんは「親も葛藤を抱えながら懸命に生きてきたことを知れてよかった」という感想とともに「自分だけで生きようとされるほうが後悔が残るから、保険の見直しを親と一緒にやりたい」と申し出て、親ときょうだいと一緒に動くことになったんです。親の過去を知ったことで、親子の関係が変わったのを実感しましたね。大井:インタビューがきっかけで親子関係がそこまで変わることがあるんですね……!こういった話は、親子で面と向かってではできなかったかもしれないですよね。第三者が入ることで、これまで見たことがない親の側面を見ることができるというのは確かにあるなと思いました。親の過去を知ることが、将来のよりどころになる大井:親や実家にまつわる話はどうしても“これから先のこと”にフォーカスしがちです。ただ、先ほどの親子のエピソードをうかがうと、親がこれまでどういう思いでどう生きてきたかという“過去”を聞くこともすごく大事なのかもしれないですね。武田さん:親の過去を知ると自分のルーツを知れるという喜びもあるし、大切な人が自分の中で生き続けるようなエピソードになりますよね。その人のエッセンスに触れられた喜び、愛に近いものがあると思うんです。でも、過去を聞くことは実利的な意味もあって、これから先の“意思決定のよりどころ”にもなるんですよね。もしものときに親の代わりに意思決定を委ねられた場合、「延命治療はどうしたいか」という具体的な答えを知っている状態よりも、「この人がどう生きてきたか」を聞けている状態の方が、親の人生を大事にする選択ができるかもしれない。「この親ならきっとこう思うだろう」というよりどころができると思うんです。大井:確かにそうかもしれないですね。「うちの親ならきっとこうする」と思えていたら、自分が意思決定することになっても後悔しない選択ができる気がします。武田さん:長寿化が進んで、老いと付き合う人生がより当たり前になってきた時代に、その人が何を大切にして生きてきたかという“生きざま”はますます重要になってくると感じています。それが豊かな形で残ることが、親自身にとっても、受け取る側にとっても、大きな意味を持つのではないでしょうか。親と話す前に、できることから始める大井:この記事を読んで、親ともしものときのことを少し話してみたいと思った人もいるかもしれません。そういった人が最初の一歩として親に話を切り出すとしたら、どうやって話してみるといいと思いますか。武田さん:まず、「いきなり将来の話を聞こうとしないこと」が大事かなと思います。うまくいかない可能性も低くないからです。代わりに、第一段階として、親の“過去の話”から始める。「お父さんとお母さんはどうやって結婚したの?」「子育てをどんな気持ちでしていたの?」というような問いから始めることは、もしものときの話を切り出すことに比べて、両方にとって、ずっと抵抗が少ないですよね。あと、親の老いが気になってきたタイミングで、まず自分自身が終活をやってみることも入り口になるかもしれないです。エンディングノートを書いてみようと思うと、介護のこと、葬儀のこと、相続のことなど答えを出すのがものすごく難しいことがわかります。それを実感することで「親にとってもこういったことを考えることは難しいんだ」という理解につながると思うんです。その理解が、「何を大切にして生きてきたの?」という問いから始める動機になっていく気がします。大井:私自身「実家のこと。」を通じて、親が元気なうちに将来のことを話しておいてほしいと発信してきましたが、まずは自分でやってみて、その難しさを実感することも最初の一歩になるのかもしれないと思いました。親と将来の話をするのが難しい人にとっては、まずは自分の知らない親のこれまでについて聞いてみるところから始めるのもよさそうですね。武田さん:そう思います。それでも「どうしても親と話すとイライラしてしまう」「うまく話を聞き出せない」というときには、第三者に入ってもらう選択肢もあると思います。家族だけで向き合わなくていい環境を探すことも、ひとつの答えではないでしょうか。「親と話すのが難しいのは自分だけじゃない」と思えることも、最初の一歩になる気がします。大井:親子間にわだかまりがある場合も含めて、第三者を頼ることもできるという選択肢を知っておくことは大事ですね。武田さん、今回はありがとうございました。取材協力:オヤシル株式会社