車で15分。親子にとってちょうど良い距離地域包括支援センターの看護師をしているMさん。80歳の母親は、Mさんの自宅から車で15分のところに住んでいる。親に甘えることもできて、自分のプライベートも確保できるちょうど良い距離。Mさんは休みに顔を出すこともあれば、仕事帰りに寄ることもあるという。かつて父親の介護が必要だった時期には、母から「お父さんが転んで起こせない」と電話が入れば、Mさんがすぐに駆けつけることができた。離れて暮らしながらも、お互いの存在がすぐそばにあるなかで、8年前、Mさんは父を看取り、母はひとり暮らしとなった。親の終活は自分を守るためのリスク管理仕事柄、Mさんは高齢者の方々に「終活にまつわるノート」の作成を勧める立場にある。その場では多くの人がノートの必要性に理解を示すそうだ。しかし数か月後、再びノートについて尋ねると、ほとんどの人がノートの存在すら忘れてしまっているという。「実際にノートを書いている人は、おそらく1割もいないんじゃないかな」とMさんは話す。Mさん自身も、ことあるごとに母へノートの書き込みを促してきた。看護師として、何度も人生の最期に立ち会ってきたからこそ、残された家族に降りかかってくる実務の大変さを身をもって知っているからだ。母もその必要性は感じているようだが、実際に書き込むまでには至っていない。「終活の準備は母のためでもあるけど、いざという時に、私が困りたくないんです。親族間のもめごとやお金のトラブルも避けたい」 そんな思いが、彼女を突き動かす最大の原動力。Mさんにとって、親の終活は、自分の暮らしを守っていくために不可欠な「リスク管理」でもあるのだ。墓じまいという数年越しの宿題をクリアしたい今、Mさんには、実家の「墓じまい」という数年越しの宿題がある。 父が眠るお墓は、急な坂道の先にあるが、ここ数年、80代になった母が墓参りに行くことを渋るようになった。Mさんの住む地域には、お墓を大切にする慣習が残っており、Mさんもまた2か月に1度、墓参りに行っている。お盆には提灯などを飾る風習があり、毎年、備品を購入して、坂の上のお墓まで運び設置する必要もある。母が墓参りに行かなくなってから、1時間半ほど離れた場所に住む兄が帰省の際に手伝ってくれるようになった。しかし、仕事に家庭にと忙しい兄のこと、今の状況がいつまで続くかはわからない。「母が元気なうちに墓じまいをして、私が管理のしやすい場所へ移しておきたい」墓じまいは、母のためである以上に、Mさんが未来の自分を物理的な負担から少しでも解放するための準備。しかしここでも母は「そうしなきゃいけないね」と言いつつ、重い腰が上がらない。母やお墓の今後について、兄と詳しく話をしたことはまだない。きっと兄は「お前に任せるよ」と言うはずだとMさんは想像している。近くに住む自分が実務を担うのは、Mさんにとって自然な流れ。周囲から言われるまでもなく、自分がやるのが当たり前だと感じている。だからこそ「私ひとりで抱えきれる分量に、あらかじめ整理しておかなければ」という気持ちが自然とわいてくるのだ。母だけでなく叔母も。大切なふたりのこれからを考えるMさんの人生には、実はもうひとり、母と同じくらい大切な存在がいる。母の妹である、76歳の叔母だ。生涯独身を通してきた叔母は、幼い頃からMさんをかわいがり、精神的にも経済的にも彼女を支え続けてくれた。叔母もまたひとり暮らしで、現在はMさんの自宅から1時間の距離に住んでいる。Mさんは、叔母のこれからについても「自分が見られる範囲で見たい」と考えている。何かあったとき週に1度なら通えるだろうか、いっそ母と同居してくれたらふたりを同時にサポートできるのではないか……。そんな具体的な算段をすることもある。自分が母や叔母のことを“見る”役目であることを、Mさんは一度も嫌だと思ったことはない。むしろ独身である自分だからこそ、誰に遠慮することもなく、自分の意思で大切なふたりを支えたいという自負すらある。それは母と叔母への恩返しであると同時に、自分が無理なく関われる体制を今のうちにつくっておきたいから。大切な存在をいつか失う日が来ることは、想像するだけで胸が痛い。だからこそ介護や死後の事務作業に忙殺され、故人を偲ぶ余裕すらなくなる状況を避けたいのだ。最後まで笑顔で寄り添うために、面倒なことは先に片づける。Mさんはその信念に沿って、今できる準備を着々と進めている。終活を前向きに進めるために、娘が選んだアプローチそうは言いつつも、思ったように進まないのが終活。Mさんは、母にどうアプローチするべきか戦略を練っている。「介護が必要になったらどうするか」「死んだ後どうするか」という問いかけは、親子双方にとってあまりに酷だ。Mさんは仕事の現場において、そういったダイレクトな問いが、物事を停滞させてしまうケースを何度も目にしてきた。そこでMさんは、母が現在「借家」に住んでいるという状況を、前向きなフックとして活用しようとしている。「もっと生活しやすい場所に引っ越すとしたら、何を持っていきたい?」「叔母さんと一緒に住む可能性もあるんだから、新聞やガス会社の連絡先、書いておいてよ」「この先、どこに住むかわからないから墓じまいもしておくと安心だよね」そんな「引越し」や「同居」などを想定した問いかけなら、母も身構えずに話に乗ってくれるのではないか。 墓じまいもノートの作成も、すべては残された者が途方に暮れず、自分自身の生活を崩さないための準備。親のためであって、親のためだけではない。急ぐ必要はないけれど、止まってはいけないとMさんは言う。「親のため」という思いの裏にある、「自分が困らないように」という強い意志。そうした現実的な視点こそが、母と叔母、大切なふたりの人生を最後まで見守るための土台になっていくのかもしれない。