「お守りBOOK」をはじめたきっかけは祖母の家大井:以前、鈴木さんにお会いしたときに「お守りBOOK」を見せていただいて、すごく素敵だなって思ったんですよね。改めてどういうサービスなのか、教えていただきたいです。鈴木さん:主に家じまいを考えはじめた方に向けて、「手放してしまう家の思い出だけは、一冊のアルバムとして手元に残しませんか」という提案をしています。物として形に残るのもそうですし、その家の思い出やご家族の思い出を振り返る時間を通して、手放す寂しさや喪失感、そこにまつわる気持ちの整理もしていただく。そこをとても大切にしているサービスです。鈴木さん:現在の写真を撮るだけでなく、過去の写真も一緒にまとめて、ご近所の地図や家の間取り、家族の関係図、年表まで綴じていきます。アルバムというより、めくって楽しみたくなる“図鑑”のような一冊になればと思ってつくっているんです。大井:一冊一冊、本当に丁寧につくられていますよね。それぞれの家に思いがこもっているのも感じます。鈴木さんが全部おひとりでつくられているというのもすごいし。そもそも「お守りBOOK」をはじめようと思ったきっかけも教えてほしいです。鈴木さん:きっかけは、祖母なんです。当時95歳だったのですが、自分の家が大好きな人でした。ただ、コロナ禍になって人に会うのが難しくなったことで、認知症が予想以上に進行してしまい、ひとり暮らしが難しくなってしまったんです。自宅を出て介護施設に移るとき、本当につらそうで……。認知症の症状がありながらも、「家にいたい」という意思は私たちから見ても明確に感じ取れました。最後、諦めたような顔で家を出ていく祖母を見たとき、何か私にもしてあげられることはないかなと思ったんです。大井:それで、おばあさまのおうちのことを一冊にまとめようと思われたんですね。 鈴木さん:「せめて家での思い出だけは、新しい環境でも手元に残して振り返れるようにしてあげたい」と思ったんです。残念ながら、完成前に祖母が亡くなってしまって、祖母には届けられなかったのですが……。でも、つくってみたら、自分の気持ちがすごく整理されたんですよね。母や弟にも見てもらったら、とても大切にしてくれて。「おばあちゃんを施設に入れて、家を手放す手続きをして、解体をして……とバタバタだったから、ゆっくり振り返れるお守りみたいなものができてよかった」と言ってくれたんです。大井:もうその家に戻れないとなると、遺されたご家族にとっても、そういう“お守り”的な存在があることが心のよりどころになりますよね。鈴木さん:そうなんですよね。当時、私は不動産業界で働いていたのですが、この経験が「さまざまな家と向き合う中で感じてきた課題を解消できるかも」とも思ったんです。「家の価値は、価格だけでは測れない」不動産業界で感じた課題 大井:不動産業界で働いているときに、どんな課題を感じていたんですか。鈴木さん:ひとつは、新しい家に引っ越すときはすごく気合いを入れるのに、今まで過ごしてきた我が家とのお別れは、割とあっさりしていることです。振り返る間もなく、バタバタと家を後にしていくことも少なくありません。でも、家を手放したあとでさびしさが残って、「あのときもっと写真を撮っておけば」とおっしゃる方もいらっしゃって。「家との別れにもう少し気持ちを向ける文化があってもいいんじゃないかな」って思っていたんですよね。大井:確かにこれから先の暮らしのほうにどうしても目が向いてしまいますし、引っ越し準備などに追われてしまうと、ゆっくり振り返る時間もつくれないですよね。鈴木さん:あと、もうひとつ課題に感じていたのは、家の価値についてです。私は当時、物件の査定をたくさんしていたのですが、角地かどうか、南向きかどうか、駅まで何分か、築何年かといった条件で価格が決まっていくんですよね。もちろん、それは不動産として大切な価値です。でも、家にはそれだけでは測れない価値があると思っていて。その家で紡がれてきた時間は、ご家族にとってかけがえのないもの。お金では表せないその家の価値をきちんとまとめたいと思ったんです。大井:売却の場面になると、どうしても財産としての価値に目が向きやすいですよね。でも、家を手放すのがさびしいと感じるとき、その家で育まれた時間や暮らしにも価値を感じているのかもしれません。鈴木さん:そうですね。家との別れの場面にたくさん向き合ってきたからこそ、家とお別れするご家族に寄り添えるんじゃないかなと思ってこのサービスを始めたんです。家に対する気持ちを整理することが、次の一歩につながる大井:家の思い出をお守りBOOKにして残すことによって、どんな変化が生まれていると実感していますか。鈴木さん:みなさんがよくおっしゃるのは、「もっとしんみりするかと思ったのに、前向きな気持ちになった」ということです。家族で家の思い出を話している時間は楽しいですよね。昔話や思い出話をしながら、自分の気持ちと向き合う。家族とも会話が生まれる。その中で、それぞれが納得を持って次の一歩に進んでいかれるんです。大井:納得して、次へ進めるんですね。鈴木さん:以前、ずっと空き家のまま実家を手放せなかった方が、お守りBOOKをつくり終えたことで、「もうこれで安心」とすぐに売却手続きを始められたこともありました。大井:他に印象に残っているケースはありますか。鈴木さん:お孫さんからお守りBOOKの作成を依頼されたケースも印象に残っていますね。おじいさまが亡くなって、おばあさまがひとりではその家に住めなくなったことで、家を手放すという思いと、残したいという思いがご家族の中で揺れていました。そのお孫さんは「その家で生まれ育ったお母さまのためにお守りBOOKをつくりたい」とおっしゃっていたんです。ヒアリングを進める中でお母さまの気持ちがすっきり整理されていったんですよね。最初はお母さま自身「実家を残したい」という思いが強かったそうなのですが、お守りBOOKが完成したあと、「これがあれば、この家がどんな未来を迎えても大丈夫だと思えるようになりました」とおっしゃっていただきました。その後は、誰よりも積極的に実家の片づけをされるようになったそうです。そうなるように私が特別な質問をして誘導しているわけではないんです。お客さま自身が、過去を振り返る中で、自ずとそういう姿勢になっていくのだと感じています。大井:形として残すことで、気持ちが整理されて、次に進む力にもなるんですね。もしかしたら、家族ではない鈴木さんが第三者として入ることで向き合いやすくなるということもあるのかもしれないと思いました。鈴木さん:身内だけで話していると「その話、何回も聞いたよ」「またその話?」っていう雰囲気にもなりがちですよね。でも私は、その話を新鮮な気持ちで聞けますし、何回うかがっても、その分だけ濃く記録できます。おそらく「話したいことを話し尽くしてすっきりする」というのもあると思うんです。お守りBOOKは何度もお宅に足を運んでつくるようにしているので、顔なじみになって、リラックスした状態で話していただける。それもひとつのポイントかもしれません。実家に向き合うとは、積み重ねてきた時間と向き合うこと大井:鈴木さんは「実家に向き合う」ってどういうことだと思いますか。鈴木さん:実家に向き合うとき、どうしても「これからどうするか」に目が向きがちだと思うんです。実家を売るのか、残すのか。もちろん、そういう現実的な話は大切です。でも、まず過去に向き合って、今まで積み重ねてきた時間を振り返ることで、「この家も家族も、やっぱり大切な存在だね」と再確認する土台ができるんだと思うんですよね。そのうえで「じゃあ未来をどうしていくか」という話ができて、その未来を実現するために「今、何をするのか」という話に進んでいく。そういう順番があるんじゃないかって思うんです。大井:過去を振り返って、未来を考えてから、じゃあ今、何をするかという順番なんですね。鈴木さん:そうですね。でも、実際は過去に向き合う部分が抜け落ちてしまうご家庭が多いんです。「実家に向き合う」って、まずは自分が過ごしてきた時間やともに過ごした家族と向き合ってあげることじゃないかと。私の中ではそこがすごく大切なんです。大井:それでいうと、うちは逆だったんですよね。実家じまいをしたとき、親が「東京にいる子どもたちの近くで暮らしたい」という思いがあって、それを実現するために実家じまいをしようということになったんです。つまり、未来から動いたんですよね。実家を売却する前に、家の中の写真をなんとなく撮ったりはしたのですが、鈴木さんが手がけたお守りBOOKを見ていたら、「もっと家族みんなで向き合えばよかったな」「ちゃんと手元に残る形にしておけばよかったな」とすごく思いました。鈴木さん:家族で未来に向けての話ができている方は、過去の部分にそれほどこだわらなくてもよいと思うんです。過去を振り返る時間は、気持ちの整理や心の区切りをつける時間。その時間を自然にとることができているご家族もいらっしゃいます。大井さんの場合は、実家じまいする段階で、すでにご両親の気持ちもご自身の気持ちも整理されていたんだろうなと思いました。それなら未来の話から進めるほうがスムーズです。後で振り返れる写真も撮ってあるなら、なおさら素敵だなって思います。順番はひとつではないと思うんです。未来から考えるほうが合っているご家族もいれば、過去を振り返ることから始めたほうが話しやすいご家族もいる。大切なのは、その家族に合った形で向き合えることなのかもしれません。家を手放すかどうかを考えるとき、私たちはつい「これからどうするか」に目を向けてしまいがちです。売るのか、残すのか、片づけるのか。現実的に決めなければならないことは、確かにたくさんあります。でも、その前に、その家で過ごしてきた時間を振り返ることが、次の一歩を選ぶための支えになることもあるのかもしれません。後編では、親が元気なうちに実家のことを話すとしたら、どんなところから始められるのかについて、鈴木さん自身の体験もまじえながら、家族の対話の入口を考えていきます。 取材協力:日常キロク製作所撮影:関口佳代