親が“話す状態”になることから始める大井:親が元気なうちに実家のことを少しずつ話しておくとしたら、何から話しはじめるとよいと思いますか。鈴木さん:未来に視点が向いている親御さんって、実はそこまで多くはないと思うんですよね。だけど、家族のことが大好きで、話をしたい人はたくさんいるんです。これまで出会ったどの方も話しはじめると止まらない方ばかりでしたし(笑)。大井:うちの両親も一度話しはじめたら止まらないです(笑)。鈴木さん:昔のことや、自分がどう歩んできたかを聞かれるのはうれしいんだと思うんですよ。だから、まずは親御さんに「私が小さいころ、どうだった?」みたいなところから聞いてみるといいのかもしれないです。これまでに何十回も聞いた話かもしれないけれど、もう一度インタビューするように聞いてみる。そうすると親が“話す状態”になる。それが大事だと思います。大井:会話の入り口として、自分の話から入るのもよさそうですよね。例えば、自分が子育て中だったら「子育て大変だった?」と聞くとか。正面から「実家をどうする?」と切り出すより、ずっと話しやすいですよね。鈴木さん:自分たちのこととして話しはじめることに抵抗があるなら、「こんな話を聞いたんだけど」「こんな記事を読んだんだけど」という、誰かの話をきっかけにするのもよいのかもしれません。自然とこれからの話につなげられるような入口があるといいなと思います。写真や思い出が、会話の入口になる大井:実家に残された写真の整理が気になっている人も多いですよね。鈴木さん:昔の重たいアルバムは、家じまいのときに手放してしまう方も多くて、もったいないんです。一度振り返って、何枚か取っておくだけでもいい。処分したあとで後悔されている方も実際にいらっしゃるんですよね。大井:大井家の場合は、実家じまいするちょっと前に、母が家族の写真を整理してくれました。両親が結婚してから私と弟が生まれて、祖母や、実家で飼っていた犬や猫まで写真をまとめてコラージュした大きなパネルが両親が住む家にあります。私と弟の写真はある程度整理して、それぞれのアルバムに分けてくれました。鈴木さん:モノの整理と一緒に、記憶の整理もできたのかもしれませんね。子どもとしても、そこがまとまっているとありがたいですよね。大井:本当にそう思います。親が整理してくれたものを見ると、「自分たちのことを考えてくれていたんだな」と感じられるんですよね。鈴木さん:「お守りBOOK」をつくるときに、何十年も見ていなかった写真を引っ張り出してもらうんですけど、ご家族が忘れていた記憶が一瞬でよみがえって、その場の温度が一気に上がるんです。思い出の力ってすごいなと思います。大井:実は先日、祖母の十三回忌で、両親と弟と一緒に大分に帰ったんです。レンタカーを弟が運転してくれて、元実家の近所や母校、思い出の場所をぐるっと回ってくれました。「ここでこんなことがあったよね」とか、私が覚えていないことまで弟は鮮明に覚えていたんですよね。鈴木さん:誰かが覚えていて、誰かは覚えていないっていうこともありますよね。でも、それが話のきっかけになる。思い出は、家族の共通のコミュニケーションツールなんですよね。家を手放したあとも、記憶は残っていく大井:ただ、記憶を残すことと、家を手放すことって、一見すると相反するようにも思えるんですけど、鈴木さんはどう考えていますか。鈴木さん:記憶を残したから、安心して家を手放せるんだと思うんです。空き家問題のうちのひとつに、家を手放すふんぎりがつかないことや、気持ちの整理がつかないことがあると思っています。もちろん、家を大切に思って管理しに通っているうちはいいんです。その時間が、心の区切りをつけるために必要なこともあると思います。ただ、管理しきれなくなって、見て見ぬふりのまま家が傷んでしまうこともある。そうなってしまう前に、「納得して手放す」「次に渡す」という選択が必要になることもあるのだと感じています。自分たちの家は残らないけれど、記憶は残せる。家はどうしても劣化していきますが、記憶なら語り継いでいってもらえるかもしれない。そんな願いもお守りBOOKには込めています。大井:大分に帰ったとき、元実家も見に行ったんですよね。家自体はまだあって、すでに別の方が住まれているんです。ただ、もともと祖母がクリーニング店をやっていた場所にあった階段がなくなっていたり、私と弟の部屋があった増築部分がなくなったりしていましたね。実家じまいしてもう9年が経ちましたから、とっくに吹っ切れた感じもあります。でも、実際に目の前にするとちょっぴり「やっぱりもう他人の家になったんだな」というさびしさもありました。ときどき両親と「あの家でこんなことあったよね」といまだに話すこともたくさんあるんです。そうやって自分の実家は記憶として残っているんだなって思いますね。鈴木さん:うちの祖母の家は、もう跡形もなく更地になって、今は草が生い茂っているんです。一度見に行ったときはさびしすぎました。記録の中の祖母の家に、すがってしまっているところがあるかもしれません。あの場所に次の新しい暮らしが始まっていたら、もう少し前向きになれるのかもしれないなと思います。子どもの焦りと、親のペースのあいだで大井:親世代に比べると子ども世代のほうが情報を集めやすいぶん、いったん実家のことが気になりはじめると、子どものほうから「こうしたほうがいいんじゃないか」と先に進めたくなることもありますよね。鈴木さん:ありますね。実は、私もこの間、母の日にエンディングノートを用意して渡したんです。母の日に渡すようなものではないのですが(笑)。大井:すごい。お母さまはどんな反応をされていたんですか?鈴木さん:母も気にはなっていたみたいで、喜んで見ていたんです。でも、受け取っただけで書かないかもしれないと思ったので、「私も書いてみるから一緒に書いてみようよ」と言ったんです。でも、進まないんですよ。「書いておくわ」と言うのですが、その“いつか”がなかなか来ない。私もだんだん焦ってきて、「暑くなったらクーラーの効いた部屋にいることが多くなると思うから、そのころに書いてみたらどうかな」と、どんどん先回りしてしまって。母と別れた帰りの車の中で、ハッとしたんです。「これがいけないんだ」って。私が焦って勝手に進めちゃダメだなって思ったんです。大井:親のためを思っているつもりでも、子ども側の焦りが先走ってしまうことはありますよね。鈴木さん:親も子どもに迷惑をかけたいと思っているわけではないと思うんです。ただ、親には親のペースがある。そこを置き去りにしてしまうと、かえって話しにくくなってしまうのかもしれません。子どもだからこそ親の考えていることもなんとなくわかってしまう。でも、進めなければいけない現実もある。だからこそ難しいなと思いました。実家のことを、もう少し気軽に話せるように鈴木さん:「実家のことを話す」とか、「過去を振り返る」と聞くと、負のイメージを持つ方も多いんです。さびしくなってしまうんじゃないか、しんみりしてしまうんじゃないか、と感じる方もいらっしゃると思います。でも実際にお話をうかがっていると、話しはじめたら「楽しすぎる」とおっしゃる方も多いんですよね。「自分の家族のことや家のことを話すのがこんなに楽しいと思わなかった」と言われることもあります。大井:家族で昔の話をするのって、楽しいですよね。しかも、誰かが覚えていることを、ほかの誰かはまったく覚えていなかったりして。そこからまた話が広がっていく感じもあります。鈴木さん:そうなんです。だから、そういう前向きな事例がもっと増えていくと、実家のことに取り組んでみようと思う方も増えるのかなと思っています。実家のことを考えるというと、どうしても重く受け止められがちですし、ハードルを感じる方もいると思うんです。でも、昔話をしたり、写真を見たりすることから始めてもいい。そういう偏見やハードルを、少しでも感じさせない世の中になっていくといいなと思っていて。大井:「実家のこと。」でも、親が元気なうちに実家のことを考えるのが、もう少し当たり前の文化になったらいいなと思っているんです。でもそれは、重苦しい話を無理にするということではなくて、帰省したときに昔の話をしてみるとか、写真を見ながら親の話を聞いてみるとか、そういうところからでもいいんですよね。鈴木さん:今までは、実家のことや家族のことを前もって考えるという選択肢が、あまりなかったのかもしれません。でも、これからは選択肢に入れざるを得ない時代になっていくと思うんです。だからこそ、気軽に会話のきっかけになるものがあるといいなと思っています。お守りBOOKも、実家のことや家族のことを話すきっかけのひとつになれたらうれしいです。大井:昔話や写真をきっかけに、家族で積み重ねてきた時間を振り返ることから始めてもいいのかもしれませんね。今日は本当にありがとうございました。鈴木さん:こちらこそ、すごく楽しい時間でした。実家のことを話すとなると、つい「やらなければならないこと」に目が向いてしまいます。家をどうするのか、片づけはいつ始めるのか、エンディングノートは書いてあるのか——。もちろん、どれも大切なことではあるけれど、最初からそこにたどり着こうとすると、話す側も聞く側も身構えてしまうのかもしれません。でも、昔の写真を見返すことならできるかもしれない。「私が子どものころ、どんな子だった?」と聞いてみることなら、できるかもしれない。何度も聞いた親の思い出話に、もう一度耳を傾けてみることなら、できるかもしれない。すぐに答えを出さなくてもいい。家の行く末を今すぐ決めなくてもいい。家族で積み重ねてきた時間を少し振り返ることが、いつか実家のことを話すきっかけになることもあるのだと思います。そして、その会話は、家を残すためだけのものでも、手放すためだけのものでもなくて「あの家で、私たちはたしかに暮らしていた」と確かめ合う時間でもあるのかもしれません。 取材協力:日常キロク製作所撮影:関口佳代