介護が始まる前の「アレ?」にどう気づくか大井:今回、ご著書『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』を拝読して、タイトルにある「アレ?」という違和感がすごく大事だなと思いました。くどひろさんは、親のどんな変化からその違和感は生まれやすいものだと考えていますか。工藤さん:いちばん多いのは、認知症のサインですね。同じ話を何回も繰り返す、同じものをいくつも買ってくる、約束を忘れる、とか。料理の味つけが変わることもあります。うちの母のときは、肉じゃがでしたね。にんじんもじゃがいももお肉もあって、見た目は肉じゃがなんです。でも口に入れたら、甘みがまったくなくて。「肉じゃがの形をした、和風の煮物だ」と思いました(笑)。大井:味つけや手順に変化が出ることはありますよね。うちの祖母もアルツハイマー型認知症だったのですが、料理の味つけが変わったと母からよく聞いていました。祖母は私の実家の一角でクリーニング店を切り盛りしていたのですが、いつからかお金の計算がうまくできなくなったんです。あれはいちばんこたえましたね……。工藤さん:そういう変化はよくありますよね。あとは、ゴミ捨てができなくなることもあります。うちの場合、実家の倉庫を開けたら、自分の身長より高くゴミが積み上がっていたことがありました。大井:それは、ゴミの日がわからなくなってしまうということですか。工藤さん:そうです。手足が不自由で捨てられないこともあるし、認知症になると「火曜日と金曜日がゴミの日」といったことがわからなくなることもある。だから最初にヘルパーさんにお願いしたのは、ゴミ捨てだったんですよね。老いは親自身よりも家に表れる大井:そういう親の変化は、やっぱり帰省したときや実家に行ったときに気づくことが多いのでしょうか。工藤さん:そうですね。ただ、僕はよく「目の前の親を見るより、家を見てください」とお伝えしています。大井:親ではなく、家を見る。工藤さん:久々に子どもたちが帰ってくるとなると、親のほうも“お客さん”が来たと思って、つい取り繕うんですよ。だから会話だけだと見抜きにくい。でも、家にはほころびが残るんです。たとえば、冷蔵庫に同じものがいくつも入っている。整理整頓が得意だったのに、家の中が雑然としている。カレンダーが何か月も前のまま止まっている。そういう小さな違和感を拾っていくんです。会話は取り繕えても、暮らしの中には変化が出ていることがある。だから、家を見ることが大事なんです。大井:確かに、親の様子だけを見ていると「元気そうだし、まだ大丈夫かな」と思ってしまうこともありそうですね。ただ一方で、親と離れて暮らしていると、そういう変化に気づきにくいと思っている人も少なくないと思うんですけど……。工藤さん:それが、実は逆なんです。毎日一緒にいると少しずつの変化に慣れてしまって、親の老いが見えにくくなる。久々に会うからこそ「アレ?」と違和感に気づけることもあります。親と離れて暮らしていることは、悪いことばかりじゃないんですよ。大井:それは少し心が軽くなる話ですね。親の近くにいられないことに、後ろめたさを感じている方も多いと思うので。親の老いを認めたくない気持ちも自然なこと大井:親の変化に気づいても、それを子どもとして認めるかどうかはまた別の難しさがありますよね。工藤さん:そこが一番難しいところです。老いや認知症って、家族はなかなか受け入れられない。見たくないから、見ようとしない。気持ちの面ではそう簡単ではないんですよね。大井:でも、症状が進んでしまったとき、一番つらい思いをするのは子ども自身でもありますよね。工藤さん:そうなんです。認知症の専門医で川崎幸クリニック院長の杉山孝博先生が提唱した「介護者がたどる4つの心理的ステップ」というものがあります。最初は「とまどい・否定」、次に「混乱・怒り・拒絶」、それから「割り切り、あるいはあきらめ」、最後に「受容」へと進んでいくんです。大井:そういう段階があるんですね。工藤さん:多くの人は、最初の「とまどい・否定」と「混乱・怒り・拒絶」を何年も行ったり来たりすると言われています。認知症にはいいときもあるし、悪いときもある。だから子ども自身も「ただの老いかな?いや認知症かな?」と、ずっと気持ちが揺れ動くんです。でも、自分がいまどのステップにいるのかを先に知っておくだけで「ああ、自分はいまひとつ目とふたつ目を行き来しているんだな」と少し落ち着けますよね。大井:気持ちが揺らいでもいいんだと思えるだけでも、ずいぶん楽になりますね。親のプライドを傷つける怖さもある大井:うちの祖母の場合、祖母自身に認知症であることを自覚してもらう大変さもあったと思います。祖母は80歳になっても働けていることが誇りだったんです。認知症を理由にお店に立つのをやめてもらってデイサービスに通ってもらうことは、そのプライドを傷つけるようなことでもあったのかなと思っていて。工藤さん:デイサービスを嫌がる方は本当に多いですよ。「お遊戯みたいなことはしたくない」って。ずっと商売をしてきた人ならなおさらプライドがあるでしょうから、その傾向はあるでしょうね。大井:最初は嫌がっていたみたいなんですが、いざ通ってみたら、施設の方と一緒に楽しく過ごしたり、褒めてもらえたりするのがうれしくなったみたいです。工藤さん:それはいい変化ですね。無理に納得させようとするより、本人が心地よくいられる場所が見つかると、家族も楽になりますからね。数日で決着をつけようとしなくていい大井:認知症と診断を受けるために病院へ連れていくのも、ハードルが高いですよね。工藤さん:高いです。うちの母は認知症を認めようとしなかったので、「健康診断」だとウソをついて連れていきました。あまりおすすめできる方法ではないんですけどね。ただ、認知症の場合、症状に気づいてから受診や診断につながるまで、平均で1年4か月ほどかかるというデータもあるそうです。大井:そんなにかかるんですね。工藤さん:そうなんです。だから、みんな焦りすぎなんですよ。実家に帰省した数日のあいだで、全部決着をつけようとしがちですよね。でも、実際はそんなに早く片づくものじゃない。「ゆっくりいきましょう」といつもお伝えしています。大井:子どもとしては、「早く病院に連れていかなきゃ」「早く介護サービスにつなげなきゃ」と思ってしまいます。でも、親には親の受け止める時間が必要なんですよね。工藤さん:そうですね。もちろん必要なことはありますが、時間がかかるものだと知っておくだけでも違うと思います。大井:介護に限らず、実家のこと全般に言えるかもしれないですね。私たちの世代は忙しいから、時間が取れたときに一気にやってしまおうと考えがちかもしれないです。でも、親には親のペースがある。足並みをそろえながら、少しずつ進めることが大事ですね。工藤さん:そうなんです。焦らなくていい。それを知っているだけで、本当に楽になりますよ。大井:一気に解決しようとしなくていいけれど、何も知らないままでいると、いざというときに慌ててしまうこともありますよね。工藤さん:そうですね。ただ、介護が始まる前から細かい制度を全部覚えておく必要はないんです。「相談できる場所があるらしい」「介護には使える制度があるらしい」と、ざっくり知っておくだけでも違いますよ。大井:知っているだけで、最初の不安が少しやわらぐんですね。工藤さん:そうです。介護って、知らないから怖く見える部分が大きいんですよ。だから、親の変化に気づいたときも、すぐに全部を決めようとしなくていい。少しずつ知って、少しずつ動いていけばいいと思います。親の様子に「アレ?」と思ったとき、まず見たいのは、目の前の親だけではなく、家の中に残る小さな変化なのかもしれません。冷蔵庫の中、カレンダー、部屋の散らかり方、料理の味つけ。暮らしの中に表れる違和感は、親の老いに気づくきっかけになります。けれど、気づいたからといって、すぐに私たちが受け止められるとは限りません。「ただの老いかもしれない」「認知症とは思いたくない」と気持ちが揺れることもある。病院や介護サービスにつなげるとしても、親自身が受け止める時間が必要なこともあります。だからこそ、今すぐ決着をつけようとしなくていい。焦らず、でも見ないふりもしない。少しずつ知りながら、親のペースと自分の気持ちの両方を大切にしていくことが、最初の一歩になるのかもしれません。では、その先で子ども世代はどんな心持ちで親の介護と向き合えばよいのでしょうか。後編では、くどひろさんがご著書でも書かれていた「介護は自分のためにやっていい」という考え方を手がかりに、“ひとりで抱え込みすぎない介護”についてうかがいます。撮影:関口佳代