介護は「親のため」だけではなく「自分のため」にやっていい大井:ご著書『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』を読んでいて、私がたくさん付箋を貼ったのが「介護は自分のためにやる」という考え方でした。最近少しずつそういった考え方がいろいろなところで提唱されるようになりましたけど、「親の面倒は子が見るもの」という固定観念はまだまだ強いと思うんです。工藤さん:講演でこの話をすると、「そんな発想はなかった」「自己犠牲で見るものだとばかり思っていた」「目からうろこだった」と驚かれることも多いですね。僕自身、今も自分のためだと思って介護をしています。介護をしていると「親が感謝してくれない」という悩みもよく聞くんですけど、そもそも自分のためにやっているなら、感謝の言葉はいらないわけですよね。大井:確かにそうですね。くどひろさんは、介護を始めたころからそういう考え方だったんですか。工藤さん:最初からですね。後悔したくなかったんですよね。自分の性格上、ここで介護に関わらなかったら、自分が年を取ったときにきっとウジウジしてしまう。それがわかっていたから「自分のために介護しよう」と決めたんです。大井:私はまだ親の介護に直面していませんが、もし介護がはじまったら、くどひろさんと同じように後悔したくないなって思っています。祖母が亡くなって10年以上経ちますけど、母は当時の介護を振り返ると後悔しているところもあるみたいで。だからこそ、私は親の介護に向き合うことになったら「やり切った」と思いたいんですよね。工藤さん:僕もやり切りたいんです。もう13年も介護をやってきたから、すでに結構達成感はあります。あとは、自宅で見送れるかどうか。そこと、いまは向き合っている感じですね。大井:介護をしていると、自分自身のこれからのことも考えるようになりますか。工藤さん:なりますね。母の老いていく姿を見ながら「自分も80歳近くになったらああなるんだな」と思うこともあります。足腰が弱っていくさまや行動範囲が狭くなっていく様子を、目の前で見ているわけですから。介護を通じて、自分の老後をシミュレーションしている感覚があるんです。これは、介護をしていなかったら持てなかった視点かもしれません。周りの価値観に、引っ張られすぎなくていい大井:ただ、くどひろさんのような考え方があるとわかっていても「自分のために介護しよう」と思いきれない人もまだ多い気がします。実際、仕事を辞めて介護をしていたり、金銭的にも体力的にも犠牲を払って介護をされたりする方はたくさんいますよね。工藤さん:介護をしている世代って、どうしてもその前の世代の価値観の影響を受けているんですよね。親族もご近所さんも「親の面倒は家族が見るもの」という感覚でいる。周りからそう言われると、そうなのかなと思ってしまいますよね。でも、誰が何を言おうと「自分は自分」なんです。僕もこうやって発信していると、いろいろ言われることがあります。でも、その人たちが自分の介護を手伝ってくれるわけでも、お金を出してくれるわけでもない。だから、周りの声に引っ張られすぎなくていいと思います。大井:おっしゃるとおりですね。とはいえ、「お嫁さんが親を看るのは当然のこと」という空気はいまだに感じますし、「自分の両親も義両親も自分が介護しなきゃ」と思っている女性も少なくないように思います。工藤さん:それも少しずつ変わってきていると思います。女性だけじゃなくて男性介護者も増えてきています。僕自身も男性の介護者ですし。「介護は誰かひとりが背負うもの」という考え方は、少しずつなくなってきているのだと思います。大井:私たち世代にとっては、そういう変化はありがたいですね。ただ、周りの価値観に引っ張られすぎないためにも、まずは自分の生活を守る方法を知っておくことが大事なのかもしれません。自分の生活を守るために、知っておきたいこと大井:「自分の生活を守りながら親の介護をする」というのは、具体的にはどんなことなのでしょうか。工藤さん:たとえば、会社員なら「介護休業や介護休暇は法律で制度化されている」ということを知っておくことです。これを知らずに、「うちの会社には何の制度もない」と思い込んで、勢いで辞めてしまう人が本当に多いんです。大井:「親の介護をするには、自分の有給を使うしかない」と思っている方も多そうですよね。工藤さん:そうなんです。実は僕自身が、最初に父が倒れたときにまさにそれをやってしまったんです。何も調べないまま「自分が介護しなきゃ」と思って、勢いで会社を辞めてしまいましたから。父は脳梗塞で倒れたのですが、1年かからずに回復したんです。実際には、その間たいした介護もできていなかった。ただ、自分が空回りしただけだったんですよね。大井:ご自身がそういう失敗を経験されているんですね。工藤さん:だから、僕はこの失敗をいろんなところで話すようにしています。介護の情報ってたくさんあるんですけど、細かく覚えなくていいんです。ざっくりでいいから「そういう制度があるらしい」と頭の片隅にあるだけで、いざというときに詳しく調べられますよね。そして、いざというときに誰に頼ればいいかを知っておく。それだけでも最初の負荷はずいぶん和らぎますよ。プロに頼る。でも、考えることまで手放さない 大井:本のなかで印象的だったのが、「プロに“お任せします”は、考えることを放棄している」という一節でした。工藤さん:最初って介護についてわからないことだらけなので、いろいろ調べますよね。ただ、何を見ても「プロにお任せしましょう」と書いてある。だから「プロに任せちゃえばいいんだ」と思ってしまう。でも、家族にしかできないこともあるんです。たとえば施設に入るか入らないか、最期をどうするか。こういった決断を「ケアマネジャーさん、全部決めてください」とは言えないですよね。大井:ケアマネさんにケアプランを立ててもらうことはできても、そのプランはあくまで本人や家族の意向をくんでつくってもらうものですしね。工藤さん:そうなんです。プロに任せられるのは、身体の介助や生活の援助の部分だけ。最終的にどうしたいのかを考えることまでは、誰かに丸ごと預けられないんです。プロに頼ることと、考えることまで手放すことは別。自分の生活を大事にすることと、考えることまで放棄してしまうことは違う。それは忘れないようにしてほしいなと思います。大井:自分の人生を守るためにプロの力を借りる。でも、自分や家族がどうしたいのかを考えることは手放さない。そこが大事なんですね。工藤さん:そうですね。全部を自分で背負わなくていい。でも、全部を誰かに丸投げするのとも違う。そのバランスが大切だと思います。ストレスを減らして、受け止める余白をつくる大井:近い将来、介護に向き合うために、今のうちから「ストレスを抱えておかない」「身軽にしておく」という話も心に残りました。工藤さん:介護って、ひとつの問題としてとらえられがちなんです。でも、自分の人生の中でとんでもないことが起こるのは、介護だけじゃないですよね。40〜50代なら、働き方の変化もあるし、家族の変化もある。自分の健康の問題も出てくる。介護は、そのなかのひとつでしかありません。大井:確かに、私たちの世代は仕事も家族も自分の体調も、いろいろなことが重なりやすい時期ですよね。工藤さん:そうなんです。だからこそ、日頃から日常のストレスを軽くしておくと、いざ介護が始まったときに受け止めやすくなる。普段からいっぱいいっぱいだと、親の介護に直面したときに耐えられない。だから、余白を残しておくことを意識してほしいんです。大井:とはいえ、いざ介護が始まったら頑張りすぎてしまう人もいると思うのですが、バランスはどう取ればいいのでしょうか。工藤さん:介護が始まって間もないときは混乱しますから、そこにかかりきりになるのはしかたないと思います。でも、いずれバランスは取れてきますよ。介護って、始まる前は大変なことばかりのイメージを持たれがちですけど、実際は見守りや買い物の付き添いといった軽いものも多いんです。時間が解決してくれる部分もあるし、人はいずれ慣れますからね。大井:最初は集中して向き合う時期があっても、少しずつ自分のペースが見えてくるんですね。工藤さん:そうですね。だからこそ、最初の負荷を少しでも小さくするために、前もって情報を知っておくことが大切なんです。親が元気なうちに、話せることから話しておく大井:「実家のこと。」は、親が元気なうちにいろいろなことを親と話しておいてほしい、という思いで発信しています。ただ、親が将来介護になったときにどうしてほしいかを聞きたくても、やっぱり親に切り出しにくいと思うんです。工藤さん:僕がおすすめしているのは、エンディングノートを使うことです。終活と聞くと身構えるかもしれないんですけど、あのノートには「何を聞けばいいか」が書いてあるんです。お金のこと、お墓のこと、在宅介護がいいのか、施設に入りたいのか。延命措置をどう考えるか。エンディングノートは、聞きづらいことのガイドラインになるんですよね。大井:何を話せばいいかわからないときの、入口になるんですね。工藤さん:そうです。うちの場合、母とそのノートを年に一度更新してきました。ただ、ここ2〜3年は会話そのものが難しくなってきて、母の意思が確認できなくなってきているんです。「話せるうちに聞いておいてよかった」ということを本当に実感していますね。大井:会話ができるうちに聞いておくことって大事ですね。工藤さん:父のときは、余命を告げられてから、お墓や葬儀のことを本人に聞いたんです。でも、本当はそんなタイミングで聞くより、もっと前に話しておけたほうがいいですよね。だからこそ、エンディングノートのようなものを使って、元気なうちに少しずつ話しておくことをおすすめしています。大井:親が元気なうちに、特に聞いておくとよいことはありますか。工藤さん:親のお金のことを早めに知っておけるといいですよね。例えば僕の場合、13年の介護でざっと1000万円くらいはかかっています。在宅介護のみでこれだけかかったわけですから、最初から施設にとなると、とてもその金額では収まらなかったと思います。大井:重い現実ですね……。工藤さん:しかも、お金のありかがわからないと本当に大変で。父がICUに入ったときは、いくらお金があるのかわからなくて、通帳や書類を探すところから始めました。祖母のときも、どこの銀行にいくらあるのかわからなくて、あちこち回って確かめることになった。あれは、本当に骨が折れました。大井:だからこそ、親が元気なうちにお金のことを聞いておくことが特に大事なんですね。工藤さん:そうなんです。もちろん、いきなり財産を全部教えてもらうのはハードルが高いです。だから、せめて老後を暮らせるくらいのお金はあるのかないのか、そのくらいは話せる関係になっておきたいですね。それだけで、いざというときの大変さがまるで変わりますよ。大井:全部を把握しようとするより、まずはお金の話ができる関係をつくることから、ですね。知らないから不安なだけ。意外となんとかなる大井:最後に、これから待ち受けているであろう親の介護に、漠然と不安を感じている方にひと言いただけますか。工藤さん:意外と、なんとかなりますよ。大井:それは、みなさんがホッとする言葉かもしれません……!工藤さん:介護のことを知らないから、実態以上に大変に見えてしまうんです。介護を13年やってきて、介護を始めたばかりの自分を思い出すと、ただ知らなくてアワアワしていただけだったなって思うんです。でも、介護のことを知ってしまえばたいていのことは武器になる。だから、不安をやわらげるためにも、ほんの少しだけ介護のことを知っておく。それだけでずいぶん楽になりますよ。大井:くどひろさんとお話ししたことで、将来の介護に対する不安が少しやわらいだ気がします。肩の力が抜けるお話をたくさんうかがえました。ありがとうございました。介護は、知らないから怖い。でも、少し知っておくだけで、その怖さの輪郭は変わっていくのかもしれません。親の変化に気づくこと。頼れる制度や相談先があると知っておくこと。お金や希望について、話せるところから少しずつ話してみること。どれも、すぐに完璧にできなくていい。親のためにすべてを背負うのではなく、自分の人生も大切にしながら、できる範囲で関わっていく。「意外と、なんとかなりますよ」工藤さんのその言葉は、まだ始まっていない介護への不安に飲み込まれすぎないための、やさしいお守りのように感じました。撮影:関口佳代