そんなときに手がかりになるのは、『認知症世界の歩き方 認知症のある人の頭の中をのぞいてみたら?』(ライツ社)だ。本書は、認知症のある本人約100名の語りをもとに、「本人」の視点から認知症を知ることを目指している。本書のおもしろいところは、認知症の症状を“旅先”として案内しているところだ。 認知症のある人のトラブルを「記憶のトラブル」「五感のトラブル」「時間・空間のトラブル」「注意・手続きのトラブル」に分類し、「視界も記憶も同時にかき消す深い霧 ホワイトアウト渓谷」などの“旅先”として紹介している。各章では、当事者がモノローグで語る体験談と、どうしてそうした現象が起きてしまうのかを示す客観的な解説が交互に並ぶ。認知症のある人が見ている世界を、読者が少しずつたどれる構成になっているのだ。目からうろこだったのは、「お風呂を嫌がるのはどうしてなのか」というテーマだ。私はこれまで、加齢によってお風呂への移動や服の着脱が面倒になるからだと思っていた。けれど、本書によれば、温度感覚のトラブルによってお湯が極度に熱く感じられたり、皮膚感覚のトラブルによってお湯をぬるっと不快に感じたり、時間認識や記憶のトラブルによって、入浴したばかりだと思っていたりと、さまざまな理由が考えられるという。理由が違えば、もちろん対処法も違ってくる。そもそも私は、認知症といえば「記憶」のトラブルだと思い込んでいた。だからこそ、お湯が極度に熱く感じられたり、ぬるっと不快に感じられたりすることがあるという事実は、かなり衝撃だった。また、Part1で認知症の世界を歩き、当事者の見えている世界に触れた後に続くのは、「Part2 認知症とともに生きるための知恵を学ぶ旅のガイド」だ。認知症世界を“観光地”として眺めるだけではなく、その世界を日常として生きていくためにはどうすればいいのか。専門職とつながること、五感にやさしい環境をつくること、無理をせず休むこと。困りごとが起きたとき、どこに手を伸ばせばいいのかを示してくれる。 さらに、巻末には「生活シーン別 困りごと索引」の付録が付いている。「衣(着る)」「食(食べる)」「住(住む)」「金(お金を扱う)」など、11の生活シーン別に困りごとが並んでおり、そこから詳細が書かれたページに飛ぶことができる。一から十まで読む時間がない人は、まず索引からたどってみるのもいいかもしれない。全体的にイラストや図解が多く、文字も大きい。本書の著者である筧裕介氏は、社会課題を市民の創造力で解決するためのデザインに取り組む「issue+design」の代表を務めている。そのためであろうか、本書は、内容だけでなく、つくりそのものもやさしい。認知症のある人の世界を知る本でありながら、同時に「わからなさ」の前で立ち尽くす周囲の人に寄り添う本でもある。◇親が年を重ねていくこと。自分自身もまた、いつか今と同じようには世界を受け取れなくなるかもしれないこと。そのどちらも、できればあまり見つめたくない。それでも、自分の見えている世界をうまく伝えられない人がいるとき、その人がいま歩いている場所に、少しだけ目を凝らしてみること。『認知症世界の歩き方』は、そのためのささやかな練習になる一冊だと思う。そしてその練習は、親のためだけではない。いつか誰かに、自分の世界を想像してもらうためのものでもあるのだ。出典:『認知症世界の歩き方 認知症のある人の頭の中をのぞいてみたら?』(ライツ社)(2021年9月15日発売)