高齢者の防災に「これさえ備えれば大丈夫」はない——高齢の親の防災について「気になってはいるけれど、まだ何もしていない」という家庭は少なくないと思います。高齢者の防災について、まずどのように考えていけばいいのでしょうか。涌井先生:まず前提として知っておいていただきたいのは、高齢になればなるほど、身体機能や認知機能、生活の状況、必要になる支援の幅が広くなっていくということです。例えば、同じ72歳でも、とても元気に生活している方もいれば、薬を飲みながら元気に暮らしている方、すでに介護サービスを利用している方もいます。ですから、災害準備についても「高齢者ならこれをしておけば絶対に安全」というものを設定するのは難しいんです。一人ひとりの生活や状態に合わせて考えていく必要があるんですよね。——一人ひとり状況は違う一方で、高齢者に共通して注意したいこともあるのでしょうか。涌井先生:災害が起きる前の準備、発災直後、その後の避難生活のいずれにおいても、高齢者は身体機能や認知機能の低下によるリスクが高いといわれています。たとえば身体機能や認知機能が低下していれば、避難の判断や行動が遅れることがあります。無事に避難できても、いつも飲んでいる薬を持っていなかったために体調を崩すことも考えられます。さらに、避難したあとの生活環境の変化も大きな負担になります。2024年の能登半島地震でも、それまで問題なく生活していた方が、避難生活を送るなかで失禁するようになったといったケースが報告されました。過去の災害ではエコノミークラス症候群になる方もいらっしゃいましたし、2026年7月に発生した熊本地震では避難生活中の熱中症も問題になっています。一方で、高齢者は必ずしも災害弱者とだけ捉えられるわけではありません。これまで戦争や厳しい生活環境などを乗り越えてきた経験から、大変な状況に強さを発揮する方もいるという報告もあります。だからこそ、やはり「高齢者にはこの防災対策さえしておけば十分」とひとくくりにすることはできないんですよね。——さまざまな高齢者の方がいらっしゃるなかで、支援や介護が必要な高齢者のご家族を対象に災害準備の状況を調査されたそうですね。涌井先生:はい。調査では、災害への準備が「できている」と答えた家族は約4分の1。地域で起こり得る災害や避難場所を把握している人はそれより多く、知識があっても実際の備えにはつながっていない状況が見えてきました。災害について知らないわけではないのに、「十分に準備できている」と感じている方は少ない。準備をしていても、不安を感じている方が多いというのが調査で分かりました。——なぜ、災害について知っている人が少なくないにもかかわらず、実際の備えにつながっていないのでしょうか。涌井先生:ひとつは、災害時を想定して実際にやってみないと、足りないところがわからないからだと思います。あと、自治体などから提供される一般的な防災情報だけでは、一人ひとりの生活に必要なものまではわからないからです。たとえば、普段どんな薬を飲んでいるのか。補聴器を使っているなら、停電したときに充電をどうするのか。そういう細かな日常生活のニーズは、市区町村から配られる一般的な防災情報には入っていないことが多いんですよね。だからこそ、災害に備えるためには、一般的な情報を集めるだけではなく「うちの親の場合はどうだろう」と考える必要があります。災害時に支援からこぼれやすい「元気」と「要介護」の間——まだ介護サービスを利用していない高齢者の場合、災害時にはどのような課題があるのでしょうか。涌井先生:たとえば介護保険サービスを利用している方の場合、災害が起きるとケアマネジャーや介護サービスのスタッフなどが安否確認をすることがあります。また、地域包括支援センターも、過去に相談があった方や日頃から見守りの対象になっている方については情報を持っています。ところが、介護サービスを利用するほどではないけれど、完全に何の心配もないとは言い切れない方や、子どもが離れたところから見守りながら、一人、あるいは高齢の夫婦だけで生活している方もたくさんいます。そうした方は、介護サービスにもつながっていないし、地域包括支援センターにも相談したことがないことも少なくありません。となると、災害が起きたとき、安否確認をする対象のリストに入っていないことがあるんです。——介護サービスはともかく地域包括支援センターにもつながっていないのは、本人が「まだ元気だから大丈夫」と感じているケースもあるのでしょうか。涌井先生:そうなんです。日本の支援の仕組みは基本的に本人や家族が声を上げることで、地域包括支援センターなどにつながっていきます。とはいえ、今、支援につながっていない方たちが、必ずしもみんな元気なわけではありませんよね。ただ、高齢の方のなかには「人様の助けを借りるのは申し訳ない」「もっと大変な人がいるから私は大丈夫」と考える方もいます。ずっと自分で何でもやってきた方にとって、「困っています」と声を上げることは簡単ではありません。それが、避難所へ行くことをためらうことにもつながります。こちらから見れば「危ないから避難したほうがいい」と思っても、簡単に「じゃあ避難します」とはならない。そこには、その人がこれまでどう生きてきたのかということも関わっているんです。子どもにできるのは「情報を渡すこと」と「一緒に考えること」——高齢者だからこういう防災対策をすればいいと一概にいえないなかで、高齢の親と離れて暮らしている子どもはどんなことができるのでしょうか。涌井先生:ひとつは、情報を提供することだと思います。お父さん、お母さんの住んでいる地域ではどんな災害が起こり得るのか。避難所はどこなのか。お父さん、お母さんの場合はどこに避難できるのか。離れて暮らしている子どもでも、調べて伝えることはできますよね。ただし、情報を提供したからといって、親がそれを受け取って行動するとは限りません。「区のホームページに書いてあるから大丈夫」「民生委員さんがチラシを持ってきたから大丈夫」と言われて終わることもありますし……。そのうえで、もうひとつ子どもにできることが「一緒に考えること」だと思います。——具体的にはどんなことを親と一緒に考えるとよいのでしょうか。涌井先生:たとえば、かかりつけ医はどこなのか、普段どんな薬を飲んでいるのかを知っておく。薬のリストがあれば、避難先で薬がなくなったときにも役立ちますよね。ほかにも、補聴器を使っているなら、停電したら充電はどうするのか。血圧計を使っているなら、それをどうするのか。本当に細かなことですが、その人の生活に合わせて考えていくことが大切です。なかには防災リュックを備えている親御さんもいらっしゃるかもしれませんが、ペットボトルの水などが入っているとかなり重くなりますよね。足腰が丈夫で元気な方なら問題なく持てるかもしれません。でも、杖を使っている方がその荷物を背負って避難しようとして、途中で転倒してしまったらどうでしょうか。非常食として乾パンを備えているご家庭もあるかもしれません。でも、硬い乾パンをお父さん、お母さんは本当に食べられるのでしょうか。そういったことを一つずつ一緒に考えていくことが、お子さんにできることだと思うんです。実際に親御さんに防災リュックを背負ってもらって、「これを持って避難所まで歩ける?」と確認してみたりしてもいいと思いますし、乾パンを一緒に食べてみてもいいかもしれません。——なるほど。とはいえ、親に確認しないといけないことが増えると、子どもとしては「あれも確認しなきゃ、これも確認しなきゃ」と不安になりそうです……。涌井先生:たしかにそうかもしれませんね。でも、私はこれは確認ではなくて、「親とのコミュニケーション」だと思っていただけたらいいなって思っているんです。どんなに子どもが頑張っても、親は自分とは違う人間なので、災害が起きたときに避難しないと決めたら避難しないんです。でも「水害のときは上の方に上がったほうがいいらしいよ」とか「高台まで歩いて行ける?」と何度か話しているうちに、親から「この前、〇〇ちゃんが言っていたから高台まで歩いて避難してみた」と行動が変わることがあります。繰り返し話していることで、そのときのお父さん、お母さんの行動が変わる可能性がある。そのくらいに考えてもらうといいのではないでしょうか。子どもが地域とつながることも大事。でも親を置き去りにしないこと——防災のことを考えると近所の方や地域包括支援センターなど、親が暮らす地域とのつながりも大切になりそうですね。涌井先生:ご近所とのつながりはとても重要です。私たちの研究でも、地域のなかで近所の方とのネットワークを多く持っている人ほど、災害への準備が進んでいるという結果が出ています。すでに介護サービスを利用している場合は、ケアマネジャーなど日頃かかわっている支援者と災害時の対応を共有しておくこともできます。たとえば、親はまだ元気だけれど、「一人で暮らしていて、年齢も重ねてきたので少し気になっている」と地域包括支援センターに相談することで、地域とのつながりが生まれることがあります。地域の民生委員などとつながっておくのもよいでしょう。——たとえば親自身がそういった支援に頼りたがらない場合、子どもが先に相談しておくことも考えたほうがいいのでしょうか。涌井先生:そこは少し慎重に考えたほうがいいと思いますね。自分のことなのに、自分を飛び越えて子どもと支援者だけで話が進んでいたら、嫌な気持ちになる方もいます。高齢になっても、その方自身の考え方や意思がありますからね。外から見て「支援が必要だ」と思うことと、本人がその支援を受けたいと思っていることは、必ずしも同じではありません。日頃から親子でコミュニケーションをとっているなかで、子どもから「民生委員さんに話しておいたよ」と言われれば、親も納得しやすいかもしれません。でも、普段ほとんど話していないのに、突然子どもが地域包括支援センターへ行って「うちの親をお願いします」と言ったら、「私のことを知らないのに」と感じるかもしれませんよね。それよりも「地域包括支援センターで防災のパンフレットを配っているみたいだから、一緒にもらいに行ってみない?」と、親と一緒に足を運んでみるといいのではないでしょうか。子どもがすべてを先回りして決めるのではなく、お父さん、お母さんの行動を少し後押しするような形で関わるほうがいいと思います。防災を親との会話を増やすきっかけに——親と離れて暮らしている以上、災害が起きたときの不安を完全になくすことは難しいと思います。少しでも不安を和らげるためにできることはありますか。涌井先生:まずは、お父さん、お母さんが暮らしている地域について情報を集めてみてください。自分が暮らしている地域と、親が暮らしている地域では、起こり得る災害がまったく違うことがあります。自治体の防災情報や避難所について調べて、お父さん、お母さんと一緒に話してみてください。もうひとつおすすめしているのが、「プチ災害準備」「プチ避難」です。——「プチ災害準備」「プチ避難」というのは?涌井先生:たとえば大雨の予報が出たときに、「かなり雨が降るみたいだけど、どうする?」と話してみる。「もし3日間停電したら、食べるものは大丈夫?」「水が使えなくなったらどうする?」と、実際の生活のなかで少しだけ災害を想像してみるんです。高齢の方に、本格的な疑似災害体験をしてもらうのは大変です。でも、普段の生活のなかでちょっとやってみることはできます。実際にやってみれば、「これは足りないね」「これは使えないね」ということもわかります。そういう経験を少しずつ積み重ねていくことで、お父さん、お母さんだけではなく、準備を手伝う家族側も少しずつ安心できるのではないでしょうか。——防災の日や、実際に地震や水害などのニュースがあったときも、話すきっかけになりそうですね。涌井先生:改まって「防災について話そう」と言うのは難しいですよね。でも、何か災害のニュースがあったときに、「これ大変だったね」「うちだったらどうする?」と話すのは比較的ハードルが低いと思います。1回で全部考えなくてもいいんです。今回は水害が来た想定で話してみる。次は地震、今度は土砂災害といったように少しずつ積み重ねていけばいいと思います。災害準備は、コミュニケーションがあるから進むものですし、地域のつながりがあるから進むものでもあります。でも逆に、災害準備をきっかけにして、親子のコミュニケーションや地域とのつながりをつくることもできるんです。久しぶりに実家へ帰って、特に話すことがないなと思ったときに、「この前、熊本で地震があったから、ちょっと考えたんだけど」と話してみる。お孫さんが学校の避難訓練で学んだことを、おじいちゃん、おばあちゃんに伝えるのもいいと思います。子どもから親に「防災準備をしておいて」と一方通行で伝えるのではなく、家族で災害について考える機会を少しずつ増やしていく。そういうふうに防災を使っていただけたらと思います。「防災」というと、備蓄品をそろえたり、避難場所を確認したりすることをどうしても思い浮かべてしまいます。でも今回、涌井先生にお話をうかがって印象に残ったのは「確認ではなく、コミュニケーション」という言葉でした。親と話しているから、親に合った備えを考えられる。一度ですべてを決めなくても、災害のニュースを見たときに「実家のあたりで災害が発生したらどうする?」と話してみる。次にまた何かあったときに、続きを話してみる。防災について考えることが、親と話すきっかけにもなる。そんなふうに少しずつ会話を重ねていくことが、離れて暮らす親とできる防災なのかもしれません。当然ながら、災害は親が住む地域だけでなく、自分たちが暮らす地域で発生することもあります。親のためだけでなく、自分たちのためにも、防災を会話のきっかけにしながら、お互いに災害への備えをしてみてはいかがでしょうか。