傷ついた私を温かく迎え入れてくれた両親大学進学の際に、地元である九州を離れたNさん。卒業後は関西で就職。しかし数年後、心身の調子を崩したことがきっかけで、実家へと戻ってきた。「当時は本当にボロボロでした。これ以上は頑張れないと思って、仕事を辞めると同時に実家へ帰ってきたんです」両親は、傷ついた娘を温かく迎え入れてくれた。その感謝は今も忘れていない。ただ、まさかそこから20年以上も実家で暮らし続けることになるとは、当時は夢にも思っていなかった。やりたいことが見つかれば、あるいは結婚のタイミングで、また実家を出ることになるはずだと信じていたのだ。「一緒に住まわせてもらっていることへの感謝の気持ちは常にあります。毎月、お給料から生活費としてのお金を家に入れていますし、料理をはじめとする家事も、自然と母と分担する形に収まりました」お互いに過度な干渉はせず、適度な距離感を保つ。一見、穏やかで平和な同居生活。ただNさんにとって実家は「いつかまた出ていくまでの中継地点」のはずだった。「娘さん3人なのね。誰が家を継ぐのかしら」Nさんは3人姉妹の次女である。 彼女たちが生まれ育った地域には、今も古い価値観が根強く残っている。子どもの誰かひとりーー主に長男が家を継ぎ、親の面倒を見るのが当たり前。いったんは家を出ても、数年後に実家に戻ってくる同級生も少なくない。「女の子3人、誰がこの家を継ぐのかしらね」と言われることも多かったそうだが、「みんな仕事や結婚で家を出ていくかもしれないのに」子どものころのNさんはそう思っていたという。「実は、姉妹のなかで一番結婚願望が強かったのは私なんです。料理も好きでしたし、家庭的な人間だと自分でも思っていました。だから、きっと姉や妹よりも早く結婚して、真っ先にこの家を出ていくんだろうな、なんて考えていた時期もありました」しかし現実は思い描いていたとおりには進まなかった。30代で結婚した姉、20代で結婚した妹は、それぞれ遠方に新しい家庭を築き、子どもを授かった。Nさんもいくつかの出会いはあったものの、タイミングや縁に恵まれず、独身のまま40代を迎えた。老いていく両親と、変わっていく自分の役割実家に戻り同居を始めた頃は、両親はまだ50代。気力も体力も十分だった。 しかし現在、両親はともに80代。「日に日に、親が小さくなっていくのを感じます。歩くスピードが遅くなったり、さっき言ったことを忘れたり。普段の買い物や通院の付き添いなど、日常のちょっとしたサポートが自然と私の役割になっていきました」「親の面倒を私が見る」と覚悟を決めた瞬間があったわけではない。ただ、毎日顔を合わせるなかで、少しずつ引き受けるようになっていった。姉や妹は、新幹線や飛行機を使わなければ帰れない距離に暮らしている。年に数回の帰省時には賑やかで楽しい時間を過ごすものの、日常の介護や突発的なトラブルの際、彼女たちがすぐに駆けつけることは物理的に難しい。「姉や妹が、私ひとりに親のことを丸投げしようとしているわけではないことはわかっています。でも、電話やLINEのやり取りで、『Nが一緒にいてくれるから、私たちは本当に安心だよ』という言葉が添えられるんです」姉や妹に悪気がないことはわかっている。それでも、その言葉を聞くたびに「私が親のことを見る人なんだ」と感じてしまう。自分の人生は、それでいいのだろうか。ふと、自問することもあるという。もしあのとき、家を出ていれば「親の面倒を見たくないわけじゃないんです。ただ、『たまたま嫁に行く機会に恵まれず、実家に居続けたから』という理由だけで、私の人生の後半が、親の老後とセットになっていくようで、どうしても割り切れない気持ちがあるんです」もっと早いうちに、無理にでもひとり暮らしを始めていれば、よかったのだろうか。実家を出ていれば、たとえ独身のままだったとしても「親を見る人」という立場からは距離を置くことができたのではないだろうか。あるいは結婚して実家を継ぐような形になっていれば、自分ひとりで両親を支えなければという重圧は違っていたのかもしれない。そう考えることもある。「親のことよりも、自分の人生を優先して」そういう言葉を見るたびに、そのとおりだなと思う一方で、両親にお世話になってきたこの20年が頭に浮かぶ。とはいえ、今さら実家を出ることも現実的ではない。Nさん自身も年齢を重ねている今、新たな暮らしを始めることへの迷いがあるのは事実だ。「誰も悪くないからこそ、このモヤモヤをどこにぶつけていいかわからない。ただ、なんとなく過去の自分の選択が間違っていたんじゃないかと思う瞬間があるんです。もしかしたら両親が老いていくのを見るのがつらいだけなのかもしれません。私のように、言葉にできない『家族の重圧』をひとりで抱えている人って、実はたくさんいるんじゃないでしょうか」家族仲が悪いわけでも、親を嫌っているわけでもない。むしろ大切に思っているからこそ苦しい。「親の面倒を見たくないわけじゃない。でも苦しい」それは実家に残ったからこそ生まれた、言葉にしづらい葛藤なのかもしれない。