家族関係が住空間にあらわれている大井:やましたさんが書かれた『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』、拝読しました。私自身、両親の東京移住をきっかけに、大分にあった実家を片づけ、実家じまいしました。ただ、わが家の場合は、母がもともと片づけや模様替えが好きだったこともあり、親子でもめることはほとんどなく、親主導で片づけが進んだんです。一方で、いろいろな方にお話をうかがっていると、実家の片づけに悩んだり、親との価値観の違いに戸惑ったりしている人は少なくないと実感しています。なので、今回「実家の断捨離」をテーマに本を書かれた理由をうかがいたいです。やましたさん:実は、かなり前にも「実家の断捨離」という本は出しているんです。ただ、その後、実際にさまざまな現場にうかがったりする中で「家族関係が住空間にあらわれている」と感じたんですよね。自分と親との関係、自分と配偶者との関係、自分と子どもとの関係——それぞれお互いにきちんとコミュニケーションができていないから、モノでせめぎ合う関係になる。モノでマーキングして主張して、主張された側は「うっとうしい」「面倒くさい」と感じる。そういうことが、家の中で展開されているんですよね。特に最近は、実家を離れて暮らしている娘さんや息子さんからの実家の片づけの依頼が多いんです。でも、親本人はそれを望んでいない。子どもから見ると耐えがたい光景であっても、親は望んでいないわけです。大井:子ども側からすると「危ないから片づけたほうがいい」と思っていても、親はなかなか片づけたがらないことがあります。なぜ、そこまで抵抗が生まれるのでしょうか。やましたさん:基本的に、親は断捨離なんて望んでいないんです。親は親なりに自立して生きてきた自負がありますからね。なのに、実家に帰るたびに子どもから文句を言われたり、「片づけなさい」と言われたりする。それは、親にとっては余計なお世話なんですよね。親は、モノで自分の砦をつくってきたんです。自分の価値観でモノを取り入れ、留め置いて、ため込んで、砦をどんどん頑丈にしている。だから、子どもが片づけようとすることは、親からすると、自分の砦を壊しに来られるように感じるんです。砦は自分を守るためのものですから、壊されそうになれば当然守りに入ります。だから抵抗するんです。子ども側は、まずそこを見ないといけないと思います。片づけを望んでいない親と、なんとかしたい子世代との関係をどう受容していくか。それがとても大切なんですよね。価値観の違い、生きてきた歴史の長さの違い、そして現時点での時間の流れの違い。そういうものを、子ども側が見ていく必要があるんです。親の価値観を理解しなくていい。ただ、受け止めればいい大井:子ども世代は、なぜそれほど親の家をかまいたくなるのでしょうか。やましたさん:それは「自分も年をとるとこうなってしまう」「こうはなりたくない」という思いがあるからじゃないでしょうか。その見本を目の当たりにすると、やっぱり嫌ですよね。あと「このままの実家の状態を自分が引き継ぐのか」という恐ろしさもある。もちろん、親の健康と安全を考えて片づけたいという思いもあるでしょう。でも、心の奥には「こうはなりたくない」「親が亡くなったら、どれだけ自分が迷惑を被るんだろうか」という思いもある。だから、子どもは実家を片づけたい・片づけてほしいという思いが“自分のエゴ”だということに気づくことが大事なんです。私自身もそうだったから。大井:やましたさんはどうやってご自身の“エゴ”に気づいたんですか。やましたさん:実家の片づけを巡って母と3年間バトルを繰り広げたんです。その最中に気づいたのが、断捨離は「今の私にとって必要か」を選んでいくものだけれど、その「今」という時間が、親と私では違うということです。私たちが思う「今」と、親が思う「今」は違う。母にとっての「今」は、10年前も10年後も含んだような「今」だったんです。それがわかるのに、だいぶ時間がかかりました。大井:子ども側から見ると「もう何年も使っていない」と思うモノでも、親にとってはまだ“今の暮らしの中にあるモノ”なのかもしれないですね。やましたさん:そうなんです。そこが、子ども側にはなかなかわからないんですよね。それに、親には親としてのプライドもあります。自分が育てた子どもに、あれこれ言われるのは嫌なんですよね。大井:お母さまとは「価値観の違いが大きかった」と本に書かれていましたね。やましたさん:本当に、白と黒くらい違いました。食事の好みも、モノの好みも、考え方も真逆でした。それでも私の中には、どこかで「母に認められたい、褒められたい」という思いがあったんです。母は、お金が一番の人でした。戦前にお嬢さんとして生まれて、戦争中にすべてを失い、戦後は苦労した。だから「稼いでなんぼ」という価値観がある。母にとって、人を褒める基準もそこだったんです。でも、私の価値観は違う。私は、母にどんな本を書いて、それが誰かの役に立っていることを褒めてほしかった。でも母は「その本でいくら稼いだか」のほうに関心を持っていたんですよね。母は母の価値観を生きている。私は私の価値観を生きている。そこまではわかったけれど、最後まで折り合いはつきませんでした。大井:折り合いがつかないままでいいのでしょうか。やましたさん:親の価値観を理解して同意する必要はありません。でも、「親はこういう価値観を持っているんだ」ということは受容する。そのうえで、どう対応していくかが大事なんです。大井:親子であっても、相手の価値観を変えようとするのは難しいということでしょうか。やましたさん:変えられませんからね。だって、自分も変えられたくないでしょう。大井:よく「自分が変われば相手も変わる」と言われることもありますが、相手が変わることを期待しすぎないほうがいいのでしょうか。やましたさん:私はそれも大嘘だと思っています。自分が変われば相手も変わってくれるのではないかという期待も、相手に変わってほしいというエゴです。お互いに変わらないことを前提として、どうしていくか。そのほうが建設的だと思います。親のタイプを見極めることは、親子の距離感を見つめること大井:本では「親がどういうタイプなのかを見極めることも大事」ということも書かれていましたね。やましたさん:自分のことは自分で始末をつけたい、だから実家の断捨離も自分で済ませたいと思っている親なのか、それとも「親のことは子どもがするもの」と考えている親なのか。両極もあれば、その中間もあります。それによって、子どもの関わり方も変わってくるので、その見極めは大事なんですよね。大井:実家に帰るたびに家の中を見て、「どうやって片づけを切り出せばいいんだろう」と悩む人も多いと思います。でも、どうやって話すかの前に、まず親がどんな価値観で暮らしているのか、どんなふうに自分のこれからを考えているのかを見ることが必要なんですね。やましたさん:そうなんです。親がどういう価値観で生きているのかを見ないまま、片づけだけを進めようとしてもうまくいきません。私の母の場合は、とにかく価値観が合わなかったので放っておくしかありませんでした。でも、依存するところもあって、私のことを介護ヘルパーのように思っていたところがあったんです。私は介護の専門職ではないし、身内だからこそ、母の思う通りにはならない。だから、ずっと私に怒っていました。実家の断捨離のポイントは、親離れ、子離れできるかということなんです。子どもが親離れできていないから、構いたくなる。親が子離れできないのはある意味で当然だけれど、子どものほうも親から離れられていないんです。実家の断捨離の前に、まず自分の家の断捨離をする大井:あと、実家の断捨離の前に、まず自分の家の断捨離をすることの大切さも書かれていましたよね。やましたさん:「実家の断捨離を親とうまくやるにはどうしたらよいですか」と聞かれることがありますが、私はその質問自体が甘いと思っています。その前に、自分の家を見てみてください。「自分の家も似たり寄ったりではありませんか」と。自分自身が断捨離をして、自分の家を健康で安全な空間、安心で元気な空間、爽快感と解放感のある空間にする。その快適さを自分が体現して初めて、あなたのありようが親に伝わるんです。いきなり実家に乗り込んで、「捨てなさい」「片づけなさい」と言っても親に拒絶されるだけです。地道な営みとして断捨離を自分のものにして、その快適さを体現する。そこで初めて、伝える資格も権利もあると思っています。だから、時間はかかります。なかには、ずっと抵抗していた親が、何年もたってから「手伝ってくれる?」と言い出すケースもあります。大井:実家の断捨離で言ってはいけない言葉についても、本書では紹介されていますよね。親に話す言葉にも注意を払ったほうがよいのでしょうか。やましたさん:もちろん「捨てる」は禁句です。でも、それは表面上のことでもあります。問い直さなくてはいけないのは、自分の姿勢です。「本当に親のことを思っているのか」ということ。親のようにはなりたくない。このままの状態だったら自分が困る。そういう自分のエゴに気づくことです。そのエゴに気づいたうえで、それでもやっぱり親に健康で安全に生きていてほしいという願いが勝っているなら、多少のケンカはしょうがないと腹をくくって、関わっていくことも必要だと思います。大井:いきなり踏み込むのではなく、自分の中にあるエゴにも気づいたうえで、それでも親の健康や安全を願う気持ちがあるのかを見つめることが大事なんですね。やましたさん:子ども側の都合で言っているのか、本当に親の健康や安全を願って言っているのかは、親にも伝わります。言葉以前に感じているんです。親子なら、それがもろに伝わりますからね。生前整理は、より良い介護を受けるための環境づくりでもある大井:親が元気なうちに片づける生前整理について、介護の視点からも、家の安全性や快適さを考えるうえで大切だということも書かれていましたね。やましたさん:それは、親への愛ですよね。親が安心、安全に、より質の良い介護を受けられるようにする。そういう目的があるなら、断捨離は介護する人が介護に集中できる環境づくりにもなります。結果として、親が質の良い介護を受けられますしね。片づけていない家で、介護ヘルパーさんに介護をしてもらうのは申し訳ない。私の家はきれいにしていたので、「やましたさんの家はきれいだから、余計なことをしないで介護に集中できる」とヘルパーさんにとても感謝されました。足の踏み場がない家では、まず片づけないといけない。そこから始めなくてはならないんです。大井:本人の意思を尊重したいからこそ、親がまだ自分の考えを持っている段階では、子ども側が勝手に進めるわけにはいかない難しさがありますよね。やましたさん:本人が自分ではどうにもできない状態になれば、周囲が環境を整えざるを得ない場面も出てきます。けれど、体は老いていても気持ちはしっかりしていて、モノは捨てたくないという状態だと、本当に大変です。だからこそ、親の状態やタイプを見極めることが必要なんです。自分の始末は自分でするタイプなのか、子どもにやらせるタイプなのか。それによって、生前整理も遺品整理も全然違ってきます。実家の断捨離は、自分の人生を取り戻すことにつながる大井:やましたさんご自身は、いま振り返ってみて、実家の断捨離とはどのようなものだったと思いますか。やましたさん:自分の人生を取り戻すことでしたね。自分と親の関係は過去で、自分とパートナーは現在、自分と子どもは未来です。過去という領域に入る関係であるなら、親の人生と自分の人生を切り分けていくことも必要だと思っています。もちろんそれは悲しいし、切ないこと。でも、自分の人生を取り戻して、自分の人生を生きて、自分の人生を全うする。それが断捨離のスタンスなんですよね。大井:実家やこれからのことをぼんやり考えながらも、どうやって親にアプローチすればいいのか悩んでいる子ども世代のみなさんへ、メッセージをお願いします。やましたさん:私は「今のうちに準備しないと大変ですよ」とは、逆に思わないんです。自分の人生を一番に考えてほしいから。まだ起きてもいないことに、エネルギーも時間もお金も使う必要はないと思うんです。想定したらキリがありません。まだ起きてもいないことに対して不安になって考え続けていたら、それだけで疲れてしまいますよね。だから、何か起きたときに考えればいいんです。そうじゃないと、やっていられないでしょう。自分だって、やることがいっぱいあるんだから。 大井:「親が元気なうちに考える」という視点とは少し違う角度ですが、不安を先取りしすぎなくていいという言葉に、ホッとする方も多いと思います。やましたさん:今、親や実家に対して不安に思っているエネルギーをためておいて、実際に何か起きたときに一気に出す。そのほうが、逆にパワーも出るかもしれませんよ。親のために、家族のために——実家の片づけを考えるとき、私たちはつい、そう思って動こうとします。けれど、親には親の価値観があり、時間の流れがあり、親なりに築いてきた暮らしがあります。親の家を見てざわざわしたとき、何か行動しようとする前に、まず自分の中にある思いを見つめてみる。親の価値観を理解できなくても、「そういう価値観なのだ」と受け止めてみる。そして、親の家に踏み込む前に、自分自身の暮らしを整えてみる。やましたさんの言葉は、ときに厳しく、ときにすがすがしく、実家のことを考える私たちに大切な問いを投げかけてくれました。実家の断捨離は、親の家を思いどおりに片づけることではない。片づけたいと思う前に、自分はどう生きたいのか。その問いに向き合うことから始まるのかもしれません。 【書籍紹介】『モノが減ると不安も減る 実家の断捨離』(大和書房)著者:やましたひでこ